山武市木戸:海厳寺

過日,天台宗・長命山海厳寺(山武市木戸)を参拝した。本尊は,阿彌陀如来。

海厳寺に関しては,成東町史編集委員会編『成東町史 通史編』(昭和61年)の1186~1187頁に詳細な解説がある。また,『成東町史 通史編』の1160頁及び成東町社会教育課編『成東町史料集 特別編5 寺院・神社』(平成18年)の15頁,山武郡町村会事務局遍『山武地方誌』(昭和30年)の775頁に記載があり,千葉縣山武郡教育會編『山武郡郷土誌』(大正5年・復刻版昭和62年)の472頁に解説がある。

『成東町史 通史編」では,海厳寺の寺伝が紹介されている。この寺伝によれば,寿永三年の壇之浦の戦に敗れた平氏の残党の一団が海上を落ちのびる途中,難船して木戸浜に漂着してこの土地に土着し,菩提所として新光寺を建立,聖観世音菩薩を祀ったのが始まりの寺院。この新光寺は,文和年間に借毛本郷に移ったけれども,元の寺院が独立して海厳寺と称するようになった。
江戸時代には旗本・森山氏の祈願所として保護を受けた。海厳寺の山門は,森山氏が寄進したものとされている。

海厳寺の中心となる建物は山門の奥に建立されている観音堂。寺伝では聖観世音菩薩を祀っているとのことなのだが,『山武郡郷土誌』及び『山武地方誌』には「境内に有名なる二十一面浪切観世音を祀れり」と書かれている。

『成東町史 通史編』によれば,観音堂内には,壇之浦合戦を描いた大絵馬(天保八年)が奉納されているとのこと。

この寺伝にいう新光寺とは,天台宗・遍照山地藏院眞光寺(千葉県山武市松尾町借毛本郷)のことを指すと解され,『成東町史 通史編』の1160頁にも「真光寺末」と記されている。
なお,眞光寺の創始等に関する寺伝は,上記の『成東町史 通史編」の中で紹介されている海厳寺の寺伝とは異なっているようだ。


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山門


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山門の装飾


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寺号標


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本堂


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観音堂


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観音堂正面の装飾


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大師堂


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弁才天堂


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如意輪観音


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手水


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六地蔵など



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