茨城県猿島郡五霞町山王山:東昌寺
過日,曹洞宗・六国山東昌寺(茨城県猿島郡五霞町山王山)を参拝した。本尊は,釈迦如来。
茨城百八地蔵尊霊場第四十九番札所となっている。
東昌寺に関しては,黒澤常葉編『猿島郡郷土大観』(昭和2年・復刻版昭和47年)の173~174頁に詳細な解説がある。
東昌寺は,曹洞宗了菴派の僧・即庵宗覚の開基によって創始された寺院。即庵宗覚と東昌寺に関しては,『石下町史』の300~303頁に詳細な解説があり,『石下町史』では,東昌寺の開山を永享元年(1429年)としている。『猿島郡郷土大観』では,東昌寺の開山を文安3年(1446年)としている。
嘉吉元年(1441年),足利持氏家臣・簗田持助は,東昌寺を簗田氏の菩提寺とした。それ以降,東昌寺は,梁田氏から保護を受けることになり,大いに栄えた。往時には末寺五百八ヶ寺をもつ大寺院だったとのこと。
東昌寺は,元は別の場所にあったが,大永4年(1524年)に戦火により堂宇を焼失したため,現在の場所に移った。
江戸時代には徳川家や関宿藩主から保護を受けた。寛文6年(1666年)には火災によって堂宇を焼失したが,再建された。
東昌寺の山門(楼門)は,元禄2年(1689年)に建設された建物とされており,五霞町指定の有形文化財となっている。
東昌寺には,2口の梵鐘があり,一方は,元亨元年(1321年)に鋳物師・大工甲斐権守卜部助光によって制作された梵鐘であり,茨城県指定の有形文化財となっている。他方の梵鐘は,元禄7年(1694年)のもの。
東昌寺には,徳川家康ゆかりの「東照神君檜御扇子」や豊臣秀吉ゆかりの「禁礼」などの寺宝が伝わっている。
加えて,東昌寺の境内地は,足利氏が関宿攻めをした際に築城したという山王山城の城跡ともなっている。
東昌寺入口付近
山門
参道
参道の青面金剛明王・不動明王・地蔵尊など
山門(楼門)
本堂の方から見た山門(楼門)
山門(楼門)の説明板
本堂
本堂屋根の寺紋
寺務所
経蔵?
元亨元年の梵鐘
梵鐘の説明板
地蔵堂
斜め前から見た地蔵堂
鐘楼
鐘楼の梵鐘
山王権現の鳥居
山王権現
山王権現の手水
山王権現の説明板
茨城県教育委員会:梵鐘
五霞町:東昌寺 豊臣秀吉の禁礼
五霞町:東昌寺 東照神君檜御扇子
余湖:山王山城(五霞町山王山)
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