旭市ニ:幸蔵寺
過日,真言宗智山派・青鈴山無量寿院大坊幸蔵寺(千葉県旭市ニ)を参拝した。本尊は,金剛界大日如来。
幸蔵寺に関しては,千葉縣海上郡教育會編『千葉縣海上郡誌』(大正6年・復刻版昭和60年)の1049~1050頁,旭市史編さん委員会編『旭市史 第二巻 近世北部資料編』(昭和48年)の244~245頁,旭市史編さん委員会編『旭市史 第三巻 近世南部資料編・中世資料編』(昭和50年)の1072~1077頁,旭市史編さん委員会編『旭市史 第一巻 通史編・近代資料編』(昭和55年)の42~43頁に詳細な解説があり,また,『旭市史 第一巻 通史編・近代資料編』の1026頁にその記載がある。
加えて,吉田東伍『増補大日本地名辞書 第六巻 坂東』(冨山房,初版明治36年・増補版昭和45年)の649頁の「太田郷」の解説中にも幸蔵寺に触れる部分がある。
幸蔵寺の創始に関し,『千葉縣海上郡誌』は應安元年(1368年)とし,『旭市史 第一巻 通史編・近代資料編』は應安6年(1373年)としている。
『旭市史 第一巻 通史編・近代資料編』及び『旭市史 第三巻 近世南部資料編・中世資料編』では,幸蔵寺が元は快覚法印が開山した時宗の寺院・幸福寺だったが,境内地が狭量だったために應安6年に現在の地に移転し,その頃に真言宗寺院として開山したという基本的な理解を前提にしている。
青鈴山無量寿院幸蔵寺としての開基は満阿彌,開山は鏡範。
『千葉縣海上郡誌』によれば,幸蔵寺には「五種鈴」と称する5個の青鈴があり,そのために山号が「青鈴山」となっている。
『旭市史 第三巻 近世南部資料編・中世資料編』の570頁によれば,延壽寺は,江戸時代には徳川幕府から保護を受け,真言宗智山派・金剛山長禅寺(千葉県旭市野中),真言宗智山派・延命山延壽寺(千葉県旭市井戸野)及び「蔵師寺(川辺)」と共に,浜方四ヶ寺檀林中の一寺とされていたとのこと。
ただし,『千葉縣匝瑳郡誌』の301頁では,「蔵師寺」ではなく「榮村なる薬師寺」と記されているので,『旭市史 第三巻 近世南部資料編・中世資料編』の570頁にある「蔵師寺(川辺)」との記載は,「薬師寺(川辺)」の誤記だと考えられる。この薬師寺とは,真言宗智山派・吉田山薬師寺(千葉県匝瑳市川辺)のことを指す。
幸蔵寺の大日如来像と五種鈴は,旭市指定の有形文化財となっている。
幸蔵寺の境内には立派な山門がある。ただし,私が訪問したときには,改修工事中だった。
本堂
本堂と客殿
改修工事中の山門
文化財の説明板
寺号標
御堂
石塔
弘法大師像
地蔵尊
古い供養塔
六地蔵
青鈴稲荷の鳥居
青鈴稲荷
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