旭市井戸野:延壽寺

過日,真言宗智山派・延命山延壽寺(千葉県旭市井戸野)を参拝した。本尊は,三禮地蔵尊。

延壽寺(延寿寺)に関しては,旭市史編さん委員会編『旭市史 第三巻 近世南部資料編・中世資料編』(昭和50年)の43~44頁,570~571頁,千葉縣匝瑳郡教育會編『千葉縣匝瑳郡誌』(大正10年・復刻版昭和51年)の43頁及び301頁に詳細な解説があり,また,『旭市史 第一巻 通史編・近代資料編』の1026頁にその記載がある。

延壽寺は,延久2年または延久3年に創始されたと伝えられる古い寺院。
『旭市史 第三巻 近世南部資料編・中世資料編』によれば,延壽寺の所在地である「井戸野」は「井戸ノ」から転じたもので,延壽寺の創始にかかる寺伝の中で示されている「古井(=古い井戸)」の水で延壽寺の本尊である地蔵尊を洗ったとの故事にちなむもののようだ。

『旭市史 第三巻 近世南部資料編・中世資料編』の570頁によれば,延壽寺は,江戸時代には徳川幕府から保護を受け,真言宗智山派・金剛山長禅寺(千葉県旭市野中),真言宗智山派・青鈴山無量寿院大坊幸蔵寺(千葉県旭市ニ)及び「蔵師寺(川辺)」と共に,浜方四ヶ寺檀林中の一寺とされていたとのこと。
ただし,「蔵師寺」が現存しているのか否か,現存しているとしてどの寺院のことを指すのかは明らかではない。『千葉縣匝瑳郡誌』の301頁では,「蔵師寺」ではなく「榮村なる薬師寺」と記されているので,『旭市史 第三巻 近世南部資料編・中世資料編』にある「蔵師寺(川辺)」との記載は,「薬師寺(匝瑳郡榮村)」の誤記だと考えられる。この薬師寺とは,真言宗智山派・吉田山薬師寺(千葉県匝瑳市川辺)のことを指す。

寛永21年(1644年)に宥海法印が鐘楼等を建設して境内の堂宇を整備したが,安永年間に火災により全て焼失した。その後,宥寛法印が中興開山したけれども,明治19年及び明治44年に火災により堂宇を焼失した。

現在の本堂等は,その後に再建された建物。いずれも立派な建物だった。


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山門


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山門に掲げられた寺号


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本堂


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本堂正面の装飾


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本堂屋根破風部


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半鐘


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大師堂


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同上


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鐘楼


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梵鐘


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聖観世音菩薩


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六地蔵


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光明真言一百万遍供養塔


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古い供養塔など


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西国霊場巡拝碑・青面金剛明王など



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