つくば市谷田部:大渡山不動尊

過日,大渡山不動尊(茨城県つくば市谷田部)を参拝した。

大渡山不動尊に関しては,大渡山不動院として,塙泉嶺編『筑波郡郷土史』(大正15年・昭和54年復刻版)の123頁に解説がある。

大渡山不動尊の創始等の詳細は不明だが,『筑波郡郷土史』は,「大渡と稱するは大渡場のありし所にしてこの名起ると」,「不動院は諸病の佛として遠近に信徒多く往古は壮麗艶美なる堂宇なりしが,祝融の災を蒙りて烏有に帰し,近年有志者相謀り八百余金を投じて一宇を新築せり」としている。

かつて,境内地付近には元は立派な松並木があった。その松並木は,細川興昌が谷田部藩主となった際,参勤交代のための道の並木として植樹されたもの。ただし.現在では,その松並木は,松枯病のために壊滅している。

大渡山不動尊に関しては,松並木と関連して建立された寺院とする見解が多い。

境内に建立されている記念碑によれば,境内地一帯は,元は不動町の共有地であり山林のようになっていた場所だったが,地価の高騰を受けて宅地化が進んだので基金を募って境内地及び御堂等を整備したとのこと。
その記述からすると,元は不動尊に隣接して共同墓地があり,その共同墓地に葬られた者を供養するための御堂だったのではないかと想像される。

不動尊堂の背後には,手水石,廻國供養塔及び板碑が集められている。この板碑は,近隣にあった古墳の石室材または石棺材を二次利用したものではないかと疑われる。
元は近隣に多数の古墳があったのではないかと推測されるが,谷田部藩の陣屋の建設等に伴い破壊されたと考えられる。このあたりで墳丘が現存しているのは中城古墳(茨城県つくば市谷田部)のみ。

現在,大渡山不動尊周辺では比較的大規模な道路工事等が進行している。比較的近い将来,周辺一帯の景観が更に大規模に変わってしまい,どこにでもある平凡な住宅街になってしまうのではないかと推測される。


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大渡山不動尊入口付近


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不動尊堂


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不動尊堂正面の装飾


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斜め前から見た不動尊堂


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不動尊堂側面


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手水


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地蔵尊・四國霊場第七十七番寫し・二十三夜供養塔など


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不動尊堂背後にある手水石・廻國供養塔・板碑


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同上


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記念碑



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