千葉県夷隅郡大多喜町:大多喜城跡(その4)

過日,大多喜城跡(千葉県夷隅郡大多喜町大多喜)と関連遺跡等を訪問し,見学した。

大多喜城に関しては,大多喜町史編さん委員会編『大多喜町史』(平成3年)の297~317頁,夷隅郡役所編『千葉縣夷隅郡誌』(大正12年,1990年復刻版)の329~330頁にその解説がある。

現在では千葉県立大多喜高等学校の敷地となっている大多喜城二の丸跡の北東側~北側の水堀は大多喜城本丸の北側に続き,更に栗山城跡(千葉県夷隅郡大多喜町桜台~同町大多喜)の南側裾付近まで続いていたようだ。

その水堀の現況は,二の丸東側付近ではテニスコート等となっており,二の丸~本丸の北側付近ではほとんど全部が埋められて耕地及び宅地になっており,その場所を通る水路がわずかに元は水堀があったという面影を残しているように感じさせるだけとなっている。

その水路に沿って細い農道のような道があったので,栗山城跡所在地の南側裾付近までその道を歩いた。その先は,栗山城跡所在地の東側を通る広い舗装道路を歩いて北上した。

この農道のような道からは,大多喜城二の丸跡~本丸跡の北側部分が見え,更に,北西方向に伸びる尾根のような地形部分の一部が見える。

栗山城の成立と歴史,栗山城の城郭としての性質・機能,大多喜城と栗山城との関係等に関しては諸説ある。これらの諸点に関しては現在でも議論が続いているようではあるけれども,栗山城跡とされている場所が城跡遺跡であることそれ自体については異論がないのではないかと思う。


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二の丸跡の北西付近にある水路(水堀の名残り)


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農道から見える二の丸北側付近の様子


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農道から見える大多喜城本丸北側付近の様子


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農道が通る細長い低地(水堀跡)


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イノシシを捕獲するためのワナ


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暗渠?


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栗山城跡南端部付近


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栗山城跡の東側を通る広い舗装道路


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栗山城跡に登る道


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北東の方から見た栗山城跡所在地付近の様子



 余湖:大多喜城・栗山城(千葉県大多喜町)



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