茨城県稲敷郡美浦村大山:薬王寺
過日,天台宗・大津山妙香院薬王寺(茨城県稲敷郡美浦村大山)を参拝した。本尊は,薬師如来。
薬王寺に関しては,美浦村史編さん委員会編『美浦村史料集第6号 美浦村の寺社』(平成5年)の18~21頁,167頁,美浦村史編さん委員会編『美浦村誌』(平成7年)の199頁,塙泉嶺『稲敷郡郷土誌』(大正15年・復刻版昭和55年)の106頁に解説がある。
『美浦村史料集第6号 美浦村の寺社』の解説及び境内に立てられている説明板によれば,薬王寺は,永禄3年(1560年)に足利義輝が外護者となり幸海上人によって創立された寺院であり,後に焼失したため,元禄7年(1688年)に豪舜上人によって再建された寺院。
『稲敷郡郷土誌』によれば,天台宗・醫王山不動院東光寺(茨城県稲敷市江戸崎)の末寺とのこと。ただし,同書では,阿彌陀如来を本尊としている。
また,薬王寺は,江戸時代には,覚宝院,本明院,長寿院,観明院,清鏡院,勧行院,薬師堂という末寺を有していた。江戸時代にはかなり繁栄していた寺院だということを知ることができる。
薬王寺の境内にある石造物に関しては,美浦村史編さん委員会編『美浦村石造物資料集』(昭和61年)の334~340頁に解説がある。
鎌倉時代の作と考えられている薬師如来立像は,美浦村指定の有形文化財となっている。
薬王寺の境内に建立されている大山融斉碑,飯田升庵碑は,美浦村指定の有形文化財となっている。
『稲敷郡郷土誌』によれば,「大般若經六百巻の寫本を蔵す。(之れ伊佐部証明院生坂妙行寺を合わせて關東に三部あるのみ)」とのことなのだが,現時点において,その所在に関しては明らかではない。
『美浦村石造物資料集』の334頁によれば,「薬王寺は大山地区の中央に位置し,学制発布以前から寺小屋授業を行っていたが明治九年から大山学校と称して官許を得,明治二十九年新校舎建設まで児童生徒の教育が行われた」とのこと。
明治時代において日本国の初等教育に多大な貢献のあった寺院だと言える。
薬王寺入口付近
本堂
薬王寺と文化財の説明板
境内地の様子
弁才天堂
大師堂・子安観音
大師堂の御詠歌
鐘楼
梵鐘
手水
薬王寺観音
六地蔵
糸賀南耕翁謝恩碑・大山融斉碑・藥王子改築記念塔
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