いすみ市万木:浅間神社

過日,浅間様と呼ばれる浅間神社(千葉県いすみ市万木)を参拝した。

浅間神社の創始等の詳細は不詳。浅間神社の社殿の脇に古い瓦が積んであったので,元は木造瓦葺の社殿が建立されており,比較的最近になって現在のようなトタン板葺きの社殿に改築されたもののようだ。

社殿の南西側には青面金剛明王の石碑が建立されている。

浅間神社の鎮座地は,万喜城(万木城)のある山の北端に位置する島状の山(浅間山)の頂点であり,元は,万喜城(万木城)の物見櫓等の施設があった場所だと考えられている。
この点に関しては,夷隅町史編さん委員会編『夷隅町史 通史編』(平成16年)の224頁に解説がある。なお,同書には,万喜城跡縄張図が添付されている。同図は,万喜城の最も精密な図面だと評価できる。

浅間山の山頂に至るにはかなりの急坂を登ることになるのだが,神社の参道として手入れされており,特に困難なく登ることができた。
その途中に大きな堀切の遺跡ではないかと思われるような場所がある。この堀切があるため,浅間神社のある浅間山とその南側に続く細い尾根とが完全に切断されている。つまり,実際に攻城戦となった場合,この浅間山の小郭の守備兵は,確実に玉砕することになる。

山頂の現況を観察すると,自然の山の上に古墳時代の円墳のように見える楕円形の土壇がある。ただし,この楕円形の土壇を古墳時代の円墳とする調査結果は存在しないようだ。
この楕円形の土壇を後代の富士塚とする見解は存在する。この見解は,元の城跡の一部の上に土を盛って富士塚としたと考える見解だと推測される。
ただし,もしこの円形の土壇が富士塚であったのだとすれば,整合性のない小さな神社が鎮座している。一般に,浅間神社は,富士塚の頂上に建立されるものなのだが,ここではそうではない。
比喩的に言えば,古墳の主体部にあった石室材等を全部抜き取った後の空隙を二次利用して神社を建立しているような神社の鎮座地の特徴を具備している。

他方,城の物見櫓を構築するにはひどく狭すぎる場所のように見える。仮に物見のための施設があったとしても,ごく簡単な柱だけの物見施設があり,烽火台を兼ねていたと考えるほうが妥当ではないかと考える。
無論,このように考える場合でも,日本国の各地の城跡に見られるように,古墳時代の古墳の墳丘を二次利用しているということはあり得ることだというような印象を受けた。


IMG_2687.JPG
万木城跡公園入口付近の標識


IMG_2691.JPG
石碑


IMG_2702.JPG
浅間山への山道入口付近


IMG_2703.JPG
「やくら」と呼ばれる洞窟状の構造物の遺跡?


IMG_2704.JPG
堀跡ではないかと思われる場所を通る山道


IMG_2739.JPG
浅間山と南側尾根との間にある大きな堀切跡のような場所


IMG_2737.JPG
参道入口付近


IMG_2705.JPG
参道の石段


IMG_2730.JPG
参道から見える万木城跡公園の北側駐車場付近の様子


IMG_2711.JPG
参道(続き)


IMG_2717.JPG
浅間神社の社殿


IMG_2729.JPG
南西の方から見た土壇の様子


IMG_2712.JPG
南の方から見た土壇の様子


IMG_2715.JPG
青面金剛明王


IMG_2718.JPG
北東の方から見た土壇の様子


IMG_2723.JPG
土壇頂上付近の様子


Lygodium japonicum
参道脇に生えていたカニクサ(Lygodium japonicum


Lygodium japonicum
同上



 余湖:万木城(夷隅郡夷隅町万喜字城山) 



この記事へのコメント