千葉県長生郡睦沢町寺崎:勝見城跡(その2)
先日,勝見城跡(千葉県長生郡睦沢町寺崎)を訪問した。
勝見城は,上総権介広常の弟・金田小太夫頼次が構築した城として知られている。現在,城跡遺跡として残されているのは,尾根上の古墳を二次利用して構築された構造物のように見える多数の土塁と堀切の連続だけなのだが,一般に,これらの尾根上の土塁に囲まれた窪地のような場所に屋敷のような主要な建築物があったのだろうと推定されている。
その後,勝見城は,庁南武田氏の居城となっていたが,庁南武田氏の滅亡と共に廃城となった。
勝見城跡の中で,天台宗・東光山無量院歓喜寺(千葉県長生郡睦沢町寺崎)の境内地の一部となっている部分,やすらぎの森の駐車場及びキャンプ場の一部となっている部分に関しては,既に別のブログ記事を書いた。
北の方から尾根上の遊歩道を歩き,歓喜寺の西側に位置する尾根上の城跡遺構を観ながら南西方向に進み,杉林の中をぐるりと回るようにして降りながら水生植物園に至り,やすらぎの森の駐車場に戻りながら,可能な範囲内で見学した。ヤマビルなどの危険があるため,藪の中には入らなかった。
大きな堀切にかかる吊橋
同上
吊橋の下に見える急斜面と杉林
吊橋(続)
勝見城曲輪の標柱
標柱付近から振り返って見た大きな古墳のような土塁跡
同上(ズーム)
標柱付近から更に南の方に進む道
同上
古墳のような土塁跡
更に南西方向に進む遊歩道
遊歩道の東側の崩落中の急斜面
土塁跡の一部
勝見城跡南端付近の杉林内を通る道
水生植物園
水蓮
同上
水門
勝美城跡西側にある谷津田
説明板
第二駐車場
やすらぎの森の案内図
夫婦堰
夫婦堰の北側付近の景色
(熊野神社裏遺跡の所在地近く)
余湖:勝見城(睦沢町寺崎字城ノ内)
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