いすみ市大原:小浜八幡神社・小浜城跡(その2)
過日,小浜八幡神社(千葉県いすみ市大原)を参拝した。祭神は,誉田別命。
小浜八幡神社に関しては,夷隅郡役所編『千葉縣夷隅郡誌』(大正12年,1990年復刻版)の408~409頁に詳細な解説がある。
『千葉縣夷隅郡誌』によれば,八幡神社は,久安元年(1145年)に旧東村の新田野生島八幡神社(現在の新田野八幡神社(千葉県いすみ市新田野))を勧請して創始された神社とのこと。
他方,小浜八幡神社の境内地全域は,小浜城跡と呼ばれる遺跡の所在地としても知られている。
小浜城は,明応2年(1493年)に万木城主・土岐頼定が家臣の鑓田美濃守勝定に命じて築城させた城とされている。
ただし,小浜城の築城~戦国時代末期の攻防に関しては,根拠となる資料に疑問点が指摘されていることもあって,必ずしも明確とは言えない部分がある。大原町史編さん委員会編『大原町史 通史編』(平成5年)の190~194頁には,根拠として掲げられることが多い諸史料を比較検討して考察した結果を踏まえた詳細な解説がある。
ところで,現存する小浜城全体の規模は小さいので,これで城として機能するのかと疑問に思いたくなる。交通手段が十分であると仮定すれば,そのとおりだと思う。
しかし,例えば,平安時代~鎌倉時代~室町時代頃には大軍が移動可能+兵站の維持が可能な陸路が存在せず,基本的には海路による交通しかなかったと推測される。
そのため,小規模な軍勢の侵攻に対しては,この程度の規模の城または砦(要害)でも十分に機能したのではないかと考えられる。
一般に,外房の城や砦に関しては,何万もの大規模な軍勢による攻城戦が行われた平野部の城郭と同じように考えてはならない。
参道の石段を登ると四阿とトイレのあるやや兵站な区画があり,ここも小浜城跡の一部だったと考えられる。馬出のような場所だったのではなかろうか。
小浜八幡神社の境内地及び小浜城跡から見渡すことのできる景色は絶景と評して良い。崖地崩落の危険性があるため一部立入禁止となってはいるが,現在通行可能な場所から眺めるだけでもとても素晴らしい。一見の価値がある。
境内地東側を回る遊歩道
展望台
展望台から見た大原漁港
太平洋
崖地で開花していたアジサイ
八幡岬の東端にある歌碑
遊歩道から見た丹ヶ浦
城山青年会館
城山青年会館付近から見た丹ヶ浦
小浜城址碑
小浜八幡神社への石段
説明板
若山牧水歌碑
細長い土塁のような場所
土塁のような場所から見た小浜城跡中心部付近の様子
土塁のような場所の南西端付近
石祠
土塁のような場所の南西端付近から見た八幡岬
東の方から見た虎口とされている場所
北西の方から見た虎口とされている場所
埋もれた古城:小浜城
余湖:小浜城(大原町小浜字城山)
バナーはシステムによって自動的に割り当てられるので,記事内容と関係のない項目が示されることがあります。
クリックしていただけると,励みになります。
この記事へのコメント