いすみ市岬町和泉:飯縄寺
過日,天台宗・明王山無動院飯縄寺(千葉県いすみ市岬町和泉)を参拝した。本尊は,飯縄大権現。天狗の姿をしている。
飯縄寺は,大同3年(808年)に 慈覚大師(円仁)が開山の古い寺院であり,創建当初は満蔵寺と称した。
飯縄寺は,元禄16年(1703年)の大震災によって甚大な被害を受けた。その後再建され,本堂は,寛政9年(1797年)に建立された建物で,千葉県指定の有形文化財となっている。この本堂を飾る数々の彫刻は,初代波の伊八の作とされている。素晴らしい。
木造マリア観音坐像,室町時代の様式の建物とされている仁王門,弘化3年(1864年)に建立の鐘楼,寛政9年(1797年)の水屋はいすみ市指定の有形文化財となっている。鐘楼を装飾する多数の彫刻は,大木茂八(藤原綱行)の作とされている。
寺務所で挨拶し,拝観料を支払い,説明を受けた後に参拝。参拝後に境内を拝見した。本堂内は撮影禁止となっているので写真はないが,本堂内はとても立派だった。
波の伊八の作品は,葛飾北斎に強い影響を与えた・・・というよりも,葛飾北斎は波の伊八の作品を模倣した。北斎の版画は日本から欧州に向けて輸出される美術品等の産品を梱包するための包装紙として用いられ,フランスに渡ったのだが,その包装紙が実は極めて素晴らしい版画作品だと認識・理解できた印象派の画家たちに強い影響を与え,また,印象派の音楽家にも直接的な影響を与えることになった。
波の伊八は,歴史上存在した日本人芸術家の中で欧州の美術史・音楽史に対して最も強い影響を与えた真の芸術家の一人だと言える。ただし,ゴッホやドビュッシーは,「北斎」の名は知っていても,北斎が模倣した伊八のことは知らなかっただろうと思う。
そのことは,欧州人だからそうだったというのではなく,現代の日本人でもやはり同じ。ほとんどの人が北斎に与えた伊八の作品のことを知らない。
一般に,とことんルーツを辿ろうという探求心の強い人は,どこにでも普通に存在するものではない。ある種の生まれながらの才能のようなものではないかと思う。
また,模倣するのが当然と思っているようなタイプの人々は,模倣の対象となった真の芸術作品を高く評価したり宣伝したりすることがない。模倣だと言われるのが悔しいからだ。このことは,過去でも現代でも同じ。
参道
仁王門
説明板と文化財指定の標柱
仁王門の彫刻(一部)
仁王門内側
参道
水屋
水屋の説明版
本堂
指定文化財の説明板
鐘楼
鐘楼の説明板
鐘楼近影
鐘楼の彫刻(一部)
同上
寺務所
千葉県教育委員会:飯縄寺本堂
安房文化遺産フォーラム:波の伊八
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