鴨川市広場:鏡忍寺
過日,日蓮宗・小松原山鏡忍寺(千葉県鴨川市広場)を複数回参拝した。
鴨川市史編さん委員会編『鴨川市史読本編 鴨川のあゆみ』(平成10年)の64~71頁には日蓮と東条郷(現在の鴨川市)との関係に関する詳細な解説がある。
鏡忍寺が創始された経緯及び日蓮宗の霊蹟とされている理由に関しては,安房郡教育會編『安房郡誌』(大正15年・復刻版昭和47年)の825~827頁に詳細な解説がある。
それらの文献によると,日蓮は,文永元年(1264年),現在の鴨川市花房に滞在していたが,その檀信徒である天津城主・工藤吉隆の招きに応じて天津へ出向した。
通過する土地の領主・東条景信は,日蓮を亡きものにしようと配下の者多数と共に日蓮聖人が通過する予定の場所で待ち伏せていた。そのような場所を通過した日蓮は,東条景信との手勢に囲まれた。
急報を受けて工藤吉隆,その家臣・淺倉宗吾・山唯喜内らが駆けつけて日蓮を救出しようとしたが,多勢に無勢であり,工藤吉隆は討死し,日蓮自身も東条景信の刃によって額を切られれるなどの重症を負った。
ところが,東条景信が落馬して悶絶したため,東条景信の手勢が退くことになった。日蓮は,その隙に濱荻の住人・北浦忠吾らに助けられて清澄山に逃れることができたのだという。
日蓮宗においては,この出来事のことを「小松原の法難」と呼んでいる。
日蓮に同行し,鏡忍坊は,元は源賴家の臣下である武士だったが,後に日蓮の弟子となり,日蓮を防護して同行していた。
鏡忍坊は剛勇の武士であり,その奮闘により,東条景信の手勢による襲撃から日蓮を守ったが,遂に殺されてしまったのだという。
淺倉宗吾・山唯喜内らは,工藤吉隆及び鏡忍坊の遺骸を「東条(東條)」の地に葬ったとされている。ここでいう「東条(東條)」とは,現在の鴨川市の範囲から天津地区等を除いた区域全体のことを指すので,それだけでは特定できないのだが,工藤吉隆及び鏡忍坊の遺骸が葬られた場所には,後になって,日蓮によって松の木が植えられた。
その松の木は,明治時代に台風によって倒れてしまった。そのため,現在ではその場所に法難堂が建立されている。この法難堂は,祖師堂の前にある。
当時,日蓮がどうして鴨川の地に滞在していたのか,どうして東条景信が日蓮に私怨を抱き,襲撃することになったのかなどに関しては,高橋俊隆「安房帰省と小松原法難」の中で詳しく述べられている。
現在,東條景信の館の所在地だったとされる場所には何もない。ただし,西郷氏館(千葉県鴨川市東町字宝性)が東条氏の館のあった場所だとする見解もある。
鏡忍寺の境内地の近くには後広場1号墳(隠滅),後広場2号墳,広場塚古墳(隠滅)などの墳丘規模の大きな古墳があり,小松原の法難の当時には,現在では隠滅してしまっているけれどももっと多数の大きな古墳があったと推定されることから,当時の景観としては,多数の大きな塚(墳丘)が並び,それらの墳丘上には松の木が生えていたと推測される。
東条景信とその手勢は,そのような大きな塚(墳丘)や松林の陰に隠れ,待ち伏せ攻撃を断行したのだろうと想像される。少なくとも東条景信は騎乗していたとされているので,かなり大きな遮蔽物がないと身を隠して待ち伏せ攻撃をすることができない。
小松原の法難の後,工藤吉隆の子は,日蓮の弟子となり,日隆と号した。
鏡忍寺は,弘安四年(1281年),日隆が鏡忍坊及び工藤吉隆の霊を弔って建立した古い寺院。
鏡忍寺の正面から境内に入ると,とても立派な仁王門があり,その先に仏殿(本堂)などの堂宇がある。いずれもとても立派なもので,驚いた。
鏡忍寺には土塁のような場所が複数あり,立地から考えても,元は館または砦だったのではないかというような印象を受けた。
鏡忍寺所蔵の富木殿御書,武志伊八郎信由関連作品である彫刻は,千葉県指定の有形文化財となっている。
木造如来坐像,鏡忍寺祖師堂の彫刻は,鴨川市指定の有形文化財となっている。
鏡忍寺の境内にある「降神の槙」と呼ばれる巨樹は,鴨川市指定の天然記念物となっている。「降神の槙」に関しては,『鴨川市史読本編 鴨川のあゆみ』の68頁に解説がある。
鏡忍寺入口付近
日蓮宗霊蹟本山の表示
富木殿御書の説明板
鏡忍寺祖師堂の彫刻の説明板
仁王門
本堂の方から見た仁王門
手水
境内案内図
降神の槙
同上
仏殿(本堂)の門
仏殿(本堂)の方から見た門
仏殿(本堂)
半鐘
庫裏・寺務所
清正公堂
鬼子母神堂
回廊
仏殿(本堂)・清正公堂・鬼子母神堂
祖師堂前の様子
祖師堂
祖師堂正面の彫刻(一部)
法難堂
法難堂の説明板
三十三番神堂の石段
三十三番神堂
鐘楼
南無妙法蓮華経
鏡忍寺の通用口
南西側の低地から見た鏡忍寺境内地付近の様子
千葉県教育委員会:鏡忍寺 力士像(武志伊八郎信由関連作品)
千葉県教育委員会:鏡忍寺 蟇股(武志伊八郎信由関連作品)
鴨川市:法難の地「鏡忍寺」
高橋俊隆「安房帰省と小松原法難」
余湖:千葉県鴨川市
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