ひたちなか市館山:清心寺
過日,浄土真宗本願寺派・田中山清心寺(茨城県ひたちなか市館山)を参拝した。本尊は,阿弥陀如来。
清心寺に関しては,那珂湊市史編さん委員会編『那珂湊市史料 第四集』(昭和54年)の384~388頁に詳細な解説がある。
この解説によれば,清心寺は,慶長元年(1596年),了知上人(俗名・藤原俊秀)を開基として湊村田中(現在のひたちなか市田中後?)で創始された寺院。延寶5年(1677年),西本願寺の末寺となった。元禄9年(1696年),徳川光圀の命により現在地に移転した。
元治元年(1864年),天狗党の乱の際に兵火により堂宇を焼失したが,明治17年,堂宇を再建した。現在の本堂は,その後更に建て直された耐火構造のもの。
清心寺の境内地の南側~西側は墓地区画となっているのだが,窪地的なやや複雑な地形の箇所があり,そのような箇所は「磯ぶしの父谷井法童先生顕彰碑」が建立されている場所あたりまで続いている。
このやや複雑な地形部分は,江戸氏が支配していた時代にあった館山城の遺構の残存物(空堀跡?)だとされている。
江戸氏の館山城に関しては,茨城県城郭研究会編『図説茨城の城郭3 県北編』(令和4年3月)の128~129頁に解説がある。この書籍は,一般の書店等では販売されていないが,常陸太田市郷土資料館(茨城県常陸太田市西二町)で購入できる。
本堂
寺号標
地蔵尊
谷井法童先生顕彰碑
館山城の遺構の一部の所在地付近?
清心寺
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