常陸太田市増井町:正宗寺と佐竹氏一族の墓所など(その2)

過日,臨済宗円覚寺派・萬秀山正法院正宗寺(茨城県常陸太田市増井町)を参拝した。

正宗寺本堂の北側~北西側に位置する墓地区画内には佐々宗淳(佐々介三郎宗淳)の墓がある。

墓地区画の南端付近にやや急峻な階段があり,その階段を上ると,その途中にその墓所がある。墓碑の前で合掌し,拝見した。

佐々宗淳の墓は,常陸太田市指定の文化財となっており,常陸太田市教育委員会編『常陸太田の文化財』(平成6年)の46頁にその解説がある。

佐々宗淳の墓碑が往時のままであるかどうかは疑わしく,碑文の部分は彫り直したものではないかと推定されるが,本体の石材は往時のものだろうと判断した。

佐々宗淳は,テレビドラマの『水戸黄門』では「助さん」として描かれているが,実際には,臨済宗の僧から還俗して徳川光圀に仕え,『大日本史』編纂における実質的な責任者となり,学術の面において徳川光圀を補佐した学者的な役人として理解されるべき人物だ。
徳川光圀による考古学調査の大半も佐々宗淳が実質的な責任者となって実施されたものと考えられる。

佐々宗淳という極めて優秀な人材が徳川光圀を補佐したからこそ『大日本史』の編纂が可能になったということに異論をはさむ者はいないだろうと思う。そのことを考えると,ある種の感慨がある。

なお,佐々宗淳が住んだ居宅跡は,西山荘の近くにある。


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正宗寺収蔵庫脇から墓地区画方面に向かう道


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如意輪観音など


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古い供養塔など


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馬力神


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南無阿弥陀仏



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墓地区画南端付近の階段


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佐々宗淳の墓所所在地の様子


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佐々宗淳の墓碑


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佐々宗淳略伝碑


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供養塔


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説明板



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