旭市イ:東漸寺と木曾義昌関連遺跡

過日,真言宗智山派・殿玉山西徳院東漸寺(千葉県旭市イ)を参拝した。本尊は,大日如来。
東総四十九薬師第三十四番札所となっている。

戦国時代の武将・木曾義昌は,紆余曲折を経て,徳川家康の臣下となっていたところ,徳川家康と豊臣秀吉との講和の後の江戸移封に伴って,木曾義昌の本来の領地であった木曾谷を離れて下総国網戸(現在の旭市イ)に移った。そして,木曾義昌は,新たな領地における木曾氏の菩提寺とするため,木曾義昌が開基となって東漸寺を創始した。

木曾義昌は,没後,水葬とされた。当時,近隣の低地の大部分はまだ海(旭海)の一部だった。旭海が干拓されて陸地となった後,水葬された場所の近くに木曾義昌の墓碑が建立された。ただし,現地を訪問していないので,まだ実見していない。
また,東漸寺の境内に木曾家先祖代々の供養塔が建立された。この供養塔は,木曽義昌公遺跡として,旭市指定の文化財となっている。供養塔の前で合掌し,拝見した。

旭市史編さん委員会編『旭市史 第二巻 近世北部史料編』(昭和48年)の11頁に収録されている『波布里集』中の図には,江戸時代における東漸寺を中心とする門前町の様子が描かれている。

東漸寺のホームページ内にある解説によれば,天保13年に火災により,(弁財天像を除き)伽藍一切を失い,天保14年に再建されて今日に至っているとのこと。


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東漸寺入口付近


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参道


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本堂


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本堂側面


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薬師堂


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大師堂


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境内の様子


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鐘楼


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梵鐘


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木曾家先祖代々の供養塔への参道


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木曾家先祖代々の供養塔


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遺徳碑


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石灯籠


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説明板


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六地蔵


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墓地区画の隅にある古い供養塔


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参道にある古い供養塔


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参道にある馬頭観世音・二十三夜供養塔・庚申塔など




 東漸寺



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