千葉県印旛郡酒々井町本佐倉:吉祥寺
2023年2月中旬のことだが,真言宗智山派・佛母山御厩院吉祥寺(千葉県印旛郡酒々井町本佐倉)を参拝した。本尊は,摩耶夫人・大聖不動明王。
吉祥寺に関しては,千葉縣印旛郡役所編『千葉縣印旛郡誌』(大正2年)の復刻版である『千葉県印旛郡誌 後篇』(臨川書店,昭和60年)の185~186頁に詳細な解説がある。
吉祥寺は,大同2年(809年)に創建と伝わる古い寺院。
また,吉祥寺には,現在では廃寺になっている文殊寺の木造十一面観音立像も安置されている。ただし,観音堂は,焼失により現存しない。
『千葉縣印旛郡誌』の解説には「佐倉町大字本町常泉院境内大師堂を本堂に合併す 建物間口一間奥行三尺七寸」と書かれている。この大師堂は,現在の本堂が新築になった際に独立の建物に戻されたのではないかと推定される。もしそうであるとすれば,吉祥寺の境内にあるやや大きい御堂がその大師堂に該当するのではないかと思われるのだが,住職にお会いして説明を受けているわけではないので,確実ではない。
『千葉縣印旛郡誌』の解説によれば,「常泉院境内大師堂」とは別に,建物間口二尺六寸奥行三尺七寸の大師堂もあるとされている。同一の建物かどうかは分からないけれども,現在でもその大きさの大師堂が建立されている。
吉祥寺は,立地などから推定して,鎌倉時代以降においては本佐倉城(千葉県佐倉市大佐倉)と密接な関係をもつ寺院だったと推測される。
他方において,本佐倉城が建設されるよりもずっと昔の古代に関しては,鬼塚古墳(千葉県印旛郡酒々井町本佐倉)などの古墳を造営した一族の菩提寺となるような寺院が起源になっているのかもしれないというような印象を受けた。
吉祥寺入口付近
山門
本堂
木造十一面観音立像の説明板
大師堂
御堂
石塔など
歴代住職の墓所
縁起書
六地蔵
吉祥寺近くにある地蔵堂
吉祥寺境内地付近から見た本佐倉城跡方面の様子
酒々井町の寺社
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