中野市七瀬:七瀬双子塚古墳(その1)
2022年11月下旬のことだが,七瀬双子塚古墳(長野県中野市七瀬)を見学した。
七瀬双子塚古墳は,全長61m,後円部径33m・後円部高さ4.5m,前方部幅25m・前方部高さ3.5mの前方後円墳とされている。ただし,墳丘前に立てられている説明板には「全長62m,後円部の高さは7.5mあり・・・」と記されている。
七瀬双子塚古墳は,元は8基の古墳で構成される七瀬古墳群の1号墳と呼ばれていたけれども,住宅地建設のために2号墳~6号墳が消滅し,現在では七瀬双子塚古墳(元1号墳)と2基の陪塚古墳のみが残されているということになっている。
既に消滅した古墳に関しては発掘調査が実施されており,その調査結果は,中野市教育委員会編『七瀬古墳群・田麦中畝古墳群』(1989年3月)の中にまとめられている。それらの古墳の分布図は,同報告書の2頁にある。
また,同報告書の103~107頁には4号墳と呼ばれていた場所の発掘調査結果が示されている。それによると,4号墳所在地には3か所の地膨れ様の地形部分があるけれども古墳時代の古墳とは認められない(時代不明の)墓地遺跡だということが判明したようだ。
また,同報告書の103~107頁には4号墳と呼ばれていた場所の発掘調査結果が示されている。それによると,4号墳所在地には3か所の地膨れ様の地形部分があるけれども古墳時代の古墳とは認められない(時代不明の)墓地遺跡だということが判明したようだ。
住宅地として破壊されなかった1号墳と2基の陪塚古墳は,現時点では,北信濃ふるさとの森文化公園内にある冒険の丘地区の中で保存されている。
冒険の丘地区の遊具は,山の斜面にある。遊歩道を登り,山の尾根に出た上で北の方に進むと,すぐに七瀬双子塚古墳の墳丘が見えた。
現況ではかなり壊れていて何も存在しないのも同然だったけれども,七瀬双子塚古墳の墳丘の周囲には柵のようなものの残骸が少し残されていた。立入禁止の規制を放棄していると解するのが常識的だと思うけれども,単に保守管理の怠慢または市財政の逼迫等による資金難が存在しているために事実上何も行われていないというだけのことであり,立入禁止が解除されているわけではないのかもしれない。
とはいえ,現況としては,かなり多数の人が日常的に墳丘に登っているためにできたと推定される踏み痕のようなものがあるので,誰も規制があるとは考えていないのだろうと思われる。
あれこれ思案したけれども,結局,七瀬双子塚古墳の墳丘には登らなかった。
冒険の丘駐車場
冒険の丘の案内板
冒険の丘の遊具
尾根道に続く遊歩道
(北の方から見た様子)
(左手奥はオートキャンプ場)
尾根道と配水施設(長嶺配水池)
(南の方から見た様子)
南の方から見た七瀬双子塚古墳所在地付近
北西側下の住宅地に続く階段
西の方から見た前方部端付近
北西の方から見た前方部
西の方から見たくびれ部付近の様子
七瀬双子塚古墳の説明板
西の方から見た後円部
北の方から見た後円部
北東の方から見た後円部
陪塚1号墳付近から見た後円部
墳頂付近に立てられている標石
後円部墳丘北側裾付近から見える景色
古墳とかアレ出張所:七瀬双子塚古墳
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