埼玉県児玉郡美里町下児玉など:塚本山古墳群・第Ⅱ群(その2)
過日,塚本山古墳群を見学した。塚本山古墳群は非常に大規模な古墳群であり,埼玉県児玉郡美里町下児玉~埼玉県本庄市児玉町~埼玉県本庄市栗崎にまたがって所在している。
塚本山古墳群に関するこれまでの調査結果をまとめた論文としては,杉﨑茂樹「埼玉県美里町塚本山古墳群の消長とその背景」早稲田大学大学院文学研究科紀要第65輯515~531頁(2020年)がある。この論文の中には,埼玉県立本庄高等学校考古学部作成の図面(1978年)を基礎とする塚本山古墳群の全体分布図が収録されている。
そこで,このブログ記事では,上記埼玉県立本庄高等学校考古学部作成の図面(1978年)を基礎とする塚本山古墳群の全体分布図で示されている附番に準拠しつつ,早稲田大学が設置した標識と番号のある古墳についてはその番号も併記することで対処することにした。早稲田大学が設置した標識には「早稲田大学校地内第**号墳」と記載されているのだが,長いので,このブログ記事では「早稲田**号墳」と表記することにする。
塚本山古墳群の第Ⅱ群は,第Ⅰ群所在地東端の分岐点から東~峠道の八坂神社石祠までの間に位置している。全ての古墳を見学可能なわけではなく,一部立入禁止となっている場所がある。
アクセス可能と判断できた古墳だけ見学した。
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塚本山古墳群第Ⅱ群所在地の北西端にある小さな三角形の場所の北側を通る小路は,古墳群分布図に記載のある道だろうと判断した。この場所の南東側を湾曲しながら南に向かう道も古墳群分布図に記載のある道だと思う。
この場所の北西側から南に向かって分岐する道は,古墳群分布図に記載がない。それゆえ,古墳群分布図では,この小さな三角形の土地が存在せず,カギ型に屈曲する土地が存在することになっている。
この小さな三角形の場所のすぐ南側に塚本山89号墳(早稲田57号墳)がある。
この塚本山89号墳(早稲田57号墳)のすぐ西側に隣接して塚本山90号墳(早稲田58号墳)がある。
再々訪時に北の方から見た塚本山89号墳(早稲田57号墳)の所在地付近
北の方から見た塚本山89号墳(早稲田57号墳)
南東の方から見た塚本山89号墳(早稲田57号墳)
南東の方から見た塚本山89号墳(早稲田57号墳)
再々訪時に南東の方から見た塚本山89号墳(早稲田57号墳)
塚本山89号墳(早稲田57号墳)の南西側に隣接して,塚本山90号墳(早稲田58号墳)がある。
再々訪時に南東の方から見た塚本山89号墳(右)と塚本山90号墳(左)
東の方から見た塚本山90号墳(早稲田58号墳)
再々訪時に南東の方から見た塚本山90号墳(早稲田58号墳)
再々訪時に南の方から見た塚本山90号墳(早稲田58号墳)
塚本山90号墳(早稲田58号墳)の南側斜面の下の方に塚本山91号墳(早稲田67号墳)がある。
この古墳は,高さがほとんどない古墳のため,草が繁っている季節には全く見えなかった。再々訪した際にやっとその存在を視認できた。
塚本山90号墳(早稲田58号墳)所在地付近から南側に下る斜面
再々訪時に北の方から見た塚本山91号墳(早稲田67号墳)の所在地付近
再々訪時に西の方から見た塚本山91号墳(早稲田67号墳)
再々訪時に北の方から見た塚本山91号墳(早稲田67号墳)
再々訪時に塚本山91号墳(早稲田67号墳)所在地付近から見た塚本山93号墳(早稲田68号墳)
塚本山89号墳(早稲田57号墳)の南東に塚本山87号墳(早稲田59号墳)というやや大きな古墳がある。墳丘の北側約3分の1くらいが大きく掘削されて道になっている。
北の方から見た塚本山87号墳(早稲田59号墳)の所在地付近
北の方から見た塚本山87号墳(早稲田59号墳)の所在地付近
再々訪時に北西の方から見た塚本山87号墳(早稲田59号墳)
東の方から見た塚本山87号墳(早稲田59号墳)
東の方から見た塚本山87号墳(早稲田59号墳)
再々訪時に南西の方から見た塚本山87号墳(早稲田59号墳)
再々訪時に南の方から見た塚本山87号墳(早稲田59号墳)
塚本山87号墳(早稲田59号墳)の南西側に塚本山88号墳(早稲田66号墳)がある。この古墳も高さがほとんどないため,草が繁っている季節には全く見えない。
再々訪時に北の方から見た塚本山88号墳(早稲田66号墳)
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