名取市高舘:熊野神社(旧新宮社)

過日,熊野神社(宮城県名取市高舘熊野堂岩口上)を参拝した。かつては「新宮社」と呼ばれていたけれども,現在では「熊野神社」と呼ばれている。
本殿は複数あり,証誠殿では速玉神が,那智飛龍権現社では事解男神が,本宮十二社権現社では伊弉冉神がそれぞれ祀られている。

熊野神社(旧新宮社)は,平安時代に創建された非常に古い神社だと推定されている。文献上の初見は,暦応4年(1341年)の平泰経の寄進状(熊野神社文書)とのこと。
元は神佛習合の神社だったが,明治時代の神佛分離令により,現在では仏教関連の文物が全て文殊堂に移されている。
熊野神社(旧新宮社)の社殿はとても立派なもので,境内地全体が極めて貴重な文化財の複合体となっている。証誠殿と那智飛龍権現社は,宮城県内唯一の熊野造による社殿とのこと。
なお,名取市史編纂委員会編『名取市史』(昭和52年)の850~851頁に熊野神社の解説がある。

東北地方では平安時代から熊野信仰が盛んだったことが知られている。
下記の名取市の「熊野三社関係」のサイトでは,『吾妻鏡』の記述を論拠として,「名取熊野別当は東北では軍事的に武士団の棟梁で、宗教的には熊野権現の名において修験教団の管長であったことがわかります」と述べている。

熊野神社(旧新宮社)の境内地は,全体として,平安時代~鎌倉時代における武士団の棟梁の屋敷はこうだったのではないかと思わせるようなつくりとなっており,浄土庭園のような雰囲気をもつ大きな池の中島に弁財天社が祀られている。その弁財天社と並んで神楽殿がある。
諏訪大社であれば神楽殿だけがあることになるのだが,トポロジー的に発想してみると,神社における祭祀という側面ではどちらも同じ機能をもつものと考えられ,拝殿の前で演舞や管弦が雅やかに奉納されたのだろうと思う。
ただ,熊野神社の場合には神佛習合の時代の様式を濃厚に残しているため,諏訪大社とは外見上異なる様式のもののように見えるだけだと考えられる。


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熊野神社(旧新宮社)入口付近


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参道


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由緒書


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手水


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拝殿


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左側の狛犬


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右側の狛犬


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拝殿側面


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梵鐘


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本殿と名取老女宮
(左手前から順に,名取老女宮・本宮十二社権現社・証誠殿・那智飛龍権現社)


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駐車場から見た社殿側面
(中央は拝殿側面・右手前は那智飛龍権現社・その奥は証誠殿)


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本殿の説明板


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弁天池と神楽殿


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境内社(弁財天社)


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境内社(大神宮)


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神木(公孫樹)


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社務所


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文殊堂


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供養塔など


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源頼朝公腰掛之石


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境内地上の空


 名取市:熊野三社関係

 名取市観光物産協会:熊野神社



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