高崎市吉井町神保:仁叟寺と多胡碑(その1)

過日,曹洞宗・天祐山公田院仁叟寺(群馬県高崎市吉井町神保)を参拝した。本尊は,釈迦牟尼仏。

仁叟寺に関しては,吉井町誌編さん委員会編『吉井町誌』(昭和49年)の1173~1180頁に詳細な解説がある。

仁叟寺は,奥平貞訓の開基による寺院。元は奥平公田という場所にあったが,大永2年(1522年)に奥平貞能が現在の境内地に寺を移した。
以後,歴代の領主や徳川家から手厚く保護を受け,現在までずっと繁栄している寺院。
仁叟寺の境内地を含め,元の寺領は奥平氏から寄進されたものとのことなので,仁叟寺の境内地とその周辺一帯が奥平氏の本拠地だったと推定できる。
仁叟寺は,奥平氏の菩提寺であったと考えられ,奥平貞能奥平氏の祖の墓所は,仁叟寺の墓地区画の中にあり,史跡となっている。

佐久市望月でたまたま訪問した曹洞宗・金峰山信永院(長野県佐久市望月)が仁叟寺の末寺であるという事実を知って以来,できるだけ早く仁叟寺を訪問しなければならないと思っていたのだが,事前の準備が十分ではなかったため,ためらっていた。
やっとその時が来た。

駐車場にクルマを停めたところで,たまたま,住職の奥様と思われる方と出遭った。
挨拶した上で,訪問の趣旨を説明し,まずは本堂を参拝した上で,境内地等の見学のためクルマを停めておくことの許可を得た。また,(私見では最も古い多胡碑だと理解している)多胡碑を拝見することの許可を得た。

これまでさんざん苦労しながら続けてきたが,やっと報われた感じがする。まことにありがたいことだと思う。
住職ともお話ししたかったのだけれども,どうやら法要があるらしく,その準備等のためにかなり多忙そうだったので遠慮した。

仁叟寺の本堂を参拝した後,仁叟寺の境内にある多胡碑を拝見した。それから,境内を散策し,諸堂を参拝した。

惣門は,寛文3年(1663年)のもの,山門は宝暦11年(1761年)のもので,いずれも高崎市指定文化財となっている。

なお,吉井町の文化財指定に関するインターネット上における情報公開(オープンデータの提供)に関し,現時点における提供内容の詳細度がとても満足できるようなものではなく,改善を要するものとなっている。
一般に,子供相手のものと興味関心度の高い一般人向けのものと純然たる観光目的のものとは,それぞれ求められる詳細度が異なる。

主として仁叟寺から提供されている情報を基礎として堂宇などを拝見した上で,帰宅してから関連資料等を全部読み,理解を深めた。


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惣門


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惣門内側


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山門


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山門1階の天井


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山門内側
(奥に見える山が〆木古墳群等の古墳群の所在地)


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本堂


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本堂屋根破風部


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庫裏


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本堂前のカヤ


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カヤの説明板


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座禅堂


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六地蔵


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白山妙理大権現


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金毘羅大権現


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八景山観音寺御移転佛


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同上


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庚申塔など


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馬頭観世音など


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大地蔵菩薩石像


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大地蔵菩薩石像の説明板



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鐘楼


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同上


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仁叟寺記念碑・友好寺院関係締結調印記念碑・仏足石


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仁叟寺歴史墓地の案内版


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奥平貞訓墓所


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開基塔
(古墳の二次利用物?)


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長谷川淡路守墓所


  高崎市:天祐山公田院仁叟寺

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