熊谷市妻沼:大我井神社

過日,大我井神社(埼玉県熊谷市妻沼)を参拝した。祭神は,伊邪那岐命・伊邪那美命。
日本武尊ゆかりの非常に古い神社であり,式内社・武蔵國播羅郡白髪神社の論社。
元は聖天山歓喜院(埼玉県熊谷市妻沼)の境内地内に鎮座して混祀されていたところ,神佛分離のため,明治2年に現在の鎮座地に遷座した。

境内には立派な円墳のようなものがある。これは,古墳ではなく,富士塚のようであり,塚の頂上には富士浅間大神が祀られている。


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鳥居


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左側の門神


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右側の門神


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手水


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磐座


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神門


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神門の彫刻(一部)


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拝殿


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本殿


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社殿側面


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拝殿の屋根破風部


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由緒書


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境内社(富士浅間神社)


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富士浅間大神


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裏参道の鳥居


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社務所


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宮崎利秀の句碑


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妻沼土地改良竣工之碑


大我井神社の境内地の北に隣接する妻沼小学校の敷地(現在の校庭部分)は,大我井遺跡と呼ばれる平安時代の遺跡包蔵地となっていたのだが,校庭拡張工事の中で久安年間に埋納・蔵置されたとみられる4つの銅製経筒が発掘された。
また,同じ大我井遺跡の範囲内と推定される場所から板石塔婆(板碑)が発見された。この板石塔婆は,妻沼小学校の増築工事に伴い,聖天山歓喜院の本坊の境内地に移築されている。

それらのことから,大我井神社の現在の神域とその周辺部分は,歓喜院が開創された頃よりも前から何らかの仏教施設や埋葬施設が存在した場所だった可能性が高いと考えられる。

あくまでも一般論だが,かつては,神社と佛寺とが習合しているのがむしろ普通だった。それゆえ,経筒のような仏教関係の出土品が神社または神道とは全く無関係なものだと考えることはできない。



 玄松子:大我井神社

 神社と古事記:大我井神社 埼玉県熊谷市妻沼大我井

 熊谷デジタルミュージアム:妻沼経筒



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