本庄市中央:阿夫利天神社と古墳
過日,阿夫利天神社(埼玉県本庄市中央)を参拝した。祭神は,大山祇大神・天満天神(菅原道真)・大雷大神・高龗大神。
阿夫利天神社は,大正2年に天神社を合祀した際に改称した呼称。合祀前は,阿夫利神社と称し,児玉党の本庄庄太郎によって嘉永年間に創始された神社とのこと。
本庄市史編集室編『本庄市史 通史編Ⅰ』(昭和61年)の382~388頁によれば,合祀前の天神社は,現在の本庄市歴史民俗資料館の敷地内(駐車場付近)にあった天神社古墳と呼ばれる古墳の上に鎮座していた。この天神社古墳は,現在では完全に湮滅している。
阿夫利天神社の境内地には,阿夫利天神社古墳と呼ばれる古墳がある。
『本庄市史 通史編Ⅰ』の386頁によれば,阿夫利天神社古墳は,北原古墳群の中に含められている。
そして,『本庄市史 通史編Ⅰ』の387頁では,阿夫利天神社の基壇部も古墳だった可能性を示唆した上で,「もとは一基の古墳であったのか,別々の古墳で二規存在していたのか,また規模や出土物は不明である」としている。
直観的には,2基の古墳が存在したように見える。
以前,愛宕神社古墳(埼玉県本庄市中央)を見学した際,同所に立てられている説明板の中に,同古墳所在地の西約500mのところに同古墳と対になる古墳があるとの記載があることに気づき,「愛宕神社古墳と対になる古墳の所在地はどこなのだろうか?」と興味をもった。
対になる古墳の墳丘上には天神社(天満宮)が祀られているというので,おそらく,阿夫利天神社(埼玉県本庄市中央)の境内地にある阿夫利天神社古墳が該当するのだろうと考えたのだが,距離が不足している。
愛宕神社の西約500mのところには,金鑚神社(埼玉県本庄市千代田)が鎮座している。しかし,現在のところ,この金鑚神社の境内地に古墳があるとは理解されていない。
阿夫利神社の奥の方には出世稲荷神社が鎮座しているのだが,うっかり参拝しないでしまった。
石段と鳥居
社号標識
石段脇にある庚申塔
阿夫利天神社の説明板
南側参道にある社号標
社殿前の石段
社殿
由緒書
阿夫利天神社基壇部側面
神楽殿?
手水
境内の主?
東の方から見た阿夫利天神社古墳所在地付近
北の方から見た阿夫利天神社古墳
北東の方から見た阿夫利天神社古墳
本庄市観光協会:阿夫利天神社
古墳研究室:本庄市 中央(北原古墳群)・北東部日の出・鵜の森
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