埼玉県児玉郡神川町二ノ宮:金鑚神社と御嶽城跡(その3)
2022年9月中旬のことだが,金鑚神社(埼玉県児玉郡神川町二ノ宮)を参拝した。
金鑚神社には本殿がなく,建物としては拝殿があるだけであり,拝殿背後にある山全体が御神体となっている。
御嶽山の頂上付近一帯は,一体のものとして,安保氏によって築城された御嶽城の城跡遺跡となっている。
上杉氏と武田氏が争っていた時代の御嶽城に関しては,神川町・神川町教育委員会編『神川町史』(平成元年)の525~527頁に解説がある。御嶽城の構造等に関しては,『神川町史』の568~571頁に解説がある。
戦国時代には北条氏と武田氏が争った場所であり,地政学上極めて重要な場所だったことがわかる。
馬の背状の細長い尾根道から西の方に向かうと,すぐに比較的急峻な山道となる。無理することなく,自分のペースでゆっくりと登った。途中ですれ違った登山客は1人だけだった。
道なりに進むと,やや平坦な小ピークを経てからちょっと下りとなり,男坂と女坂の分岐点に至る。男坂を登ることにした。この山道のある尾根上にはテラス状の小郭が幾つかある。しかし,山頂に向かう山道が尾根上ではなく脇を通っているため,実際に見学可能なテラス状の小郭は,男坂・女坂の分岐点の手前にあるやや平坦な小ピークの部分だけのようだ。この部分だけは山道が尾根上を通っている。
この男坂の上部の方は,かなりの難所だと言える。ロープが設置してあったので,ロープを頼りにしながら,ゆっくりと登った。
登り終えると御嶽山の山頂となっている。この場所が本郭(一の郭)の所在地とのこと。
なお,御嶽山の山頂(主郭)から北の方に伸びる尾根を下ると二の郭があるようなのだが,そちらの方に降りる山道は,ちょっと見ただけでも相当に厳しそうな感じだった。
『神川町史』の569頁にある図によれば,御嶽山の山頂にある主郭と二の郭との間には,かなり大きな堀切がある。
結局,手持ち時間と体力の限界を考慮し,二の郭の方には行かなかった。
馬の背のような細長い尾根道上の分岐点付近
分岐点から法楽寺跡方面に下る道
御嶽山の山頂に向けて登る山道
山道(続き)
やや平坦な小ピークのような場所(テラス状の小郭)
男坂・女坂の分岐点
分岐点から見た女坂方面の様子
男坂の登りはじめ付近
鎖場のような急峻な岩場
岩石の露頭
男坂上部の難所
山頂付近東側部分
御嶽城本郭跡の標柱
山頂の標識
御嶽山の山頂付近で開花していたシラヤマギク
御嶽山の山頂でちょっと休憩した後,今度は女坂の方を降りることにした。男坂・女坂の分岐点のところから見えていた岩場が結構厳しかったがどうにか踏破。男坂・女坂の分岐点から元の道を通って金鑽神社まで戻った。
女坂(一部)
山頂から西側に伸びる尾根上にある郭跡(立入禁止)
岩場(手前)の上から見た男坂・女坂の分岐点付近
下の方から見た岩場
馬の背のような細長い尾根道から見下した山道
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