坂東市生子:萬蔵院
過日,真言宗豊山派・神護護国聖宝寺慈徳山萬蔵院(茨城県坂東市生子)を参拝した。
萬蔵院は,貞観12年(870年)に理源大師聖宝(天智天皇の六世孫)が開創の非常に古い寺院。猿島郡の中枢的な寺院だったようだ。萬蔵院のサイトによれば,「第73世祐俊は総本山長谷寺第80世化主・真言宗豊山派第26世を任した」とのこと。
猿島阪東三十三カ所霊場第十七番札所となっている。
伽藍は極めて立派なものだったとで,推測としては土塁のある武家屋敷のような構造をもった寺院だったのではなかろうか。
境内各所にある塚状の築山は,土塁の残存物の二次利用物であるか,または,古墳の二次利用物ではないかというような印象を受けた。無論,江戸時代以降に構築されたものも含まれていると考えられる。
本堂裏にある塚状の築山は,特に興味深い。
文化年間に大火があり,大手門と塔を除き,堂宇が灰塵に帰した。大手門と塔以外の建物は,それ以降に建築されたものということになる。それでも十分に歴史的価値のある立派な建物だと思った。
特に,大手門と本堂が優れている。
明治維新の折の廃仏毀釈に際し,萬蔵院は,仏教の保護のために多大の貢献をした。そのことは,猿島町史編さん委員会編『猿島町史 通史編』(平成10年)の268~269頁に記されている。同書の269~270頁には,萬蔵院の境内にある観音堂に関する解説がある。
これとは別に,坂東郷土館ミューズ編『坂東市石碑探訪ハンドブック』(令和4年)の74~75頁にも萬蔵院に関する解説がある。
大手門
本堂
本堂側面
(名称とは異なり,実際には境内地東側の通用口にある)
観音堂
開山堂
御宮
鐘楼
蔵修息遊碑
蔵修息遊碑の説明板
蔵修息遊碑のある塚状の築山
雄弁上人建立の石仏
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石塔
雨引観世音
倉持氏石塔
古い供養塔
池の石仏
石塔
本堂裏にある石碑
本堂裏にある築山と三十三観音?
同上
境内地東側にある塚状の築山
萬蔵院
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