福島県田村郡小野町南田原井:大塚古墳
Googleで検索していたら,たまたま,磐越東線夏井駅の近くに「大塚古墳」と表示される場所があることを知った。その場所の地名は,「福島県田村郡小野町大字南田原井字大塚」となっている。
そこで調べてみると,小野町編『小野町史 通史編』(平成4年)の204~205頁に古墳時代の遺跡の一覧があり,その中で「旧夏井村地区」に含まれる遺跡所在地は,「大字上羽出庭字東前」,「大字上羽出庭字五ノ神」及び「大字和名田字物木作」の3箇所だった。それらの場所の中には「大塚古墳」の所在地は含まれていない。
福島県教育委員会編『福島県遺跡地図 中通り地方』(1996年3月)を調べてみても,「福島県田村郡小野町大字南田原井字大塚」の範囲内に遺跡は全く存在しない。
なお,ミニストップ小野インター店の北西約300mのところに位置する山の上(高速道路敷地の東西両側)に大豆柄古墳群(小野町87号遺跡・小円墳合計2基)が存在し,現時点において判明している範囲内では,この大豆柄古墳群が小野町内で唯一の遺跡として公式に指定された古墳所在地なのではないかと考えられる。
手持ちの文献資料で調べる限り,以上のような調査結果になったので,Google上の表示が正しいのかどうか調べてみようという気になり,現地まで出かけてみた。
夏井千本桜駐車場(福島県田村郡小野町夏井)にクルマを停め,そこから先は徒歩で往復。
駐車場の西には旧小野町立夏井第一小学校がある。駐車場の南西にある夏井川にかかる橋をわたると小山がある。私が訪問した時にはフジの花が満開だった。
道路端に「田原井城址」という標石が立てられている。田原井城に関し,駐車場に立てられている観光案内マップの中では「樋口の館が落城し宗方右近が天正12年(1584年)に田原井城として再建したが,再び岩城勢に攻められ,天正17年(1589年)に落城した」と説明されている。この日は天候があまり良くなく,山道が滑る危険性があるため,この山には登っていない。そのため,現況はわからない。
そこから磐越自動車道の高架橋下をくぐって東の方に移動し,少し歩いて「大塚古墳」の所在地近くに至った。
該当する場所には農家があり,農家敷地の西側に大きな塚状地形がある。その塚状地形の場所に「大塚古墳」と記された標石が立てられていた。誰がどのような根拠でその標石を立てたのかは不明。道とその塚状地形との間に田があって近づけないため,その標石を近くまで行って調べることができなかった。
見た目は直径20m前後の円墳のように見える。
しかし,とにかく(遺跡としての発掘調査報告書を含め)公式の文献資料上の根拠が全くない。
ただし,駐車場に立てられている観光案内マップの中では「5世紀頃に作られた小さな古墳。夏井川河畔にあり,昔からこの地域の人たちによって守られてきた」と説明されている。
結論として,その場所は,地元では大塚古墳という呼称の5世紀の古墳として理解されている場所なのだと判断した。ただし,この点に関し,福島県教育委員会及び小野町当局がどのような見解をもっているのかは知らない。
夏井千本桜駐車場にある観光マップ
夏井川にかかる橋
田原井城址の標石のある山
「田原井城址」と記された標石
夏井の千本桜碑
磐越自動車道の高架橋
西の方から見た「大塚古墳」の所在地
北西の方から見た様子
西の方から見た様子
南西の方から見た様子
「大塚古墳」と記された標石
古墳所在地付近から見える景色
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