南相馬市鹿島区横手:横手古墳群(その4)

過日,横手古墳群(福島県南相馬市鹿島区横手)を見学した。
横手古墳群は,常磐線の線路近くのA地区に含まれる古墳(15基)と初発神社周辺のB地区に含まれる古墳(4基)とに分けて分類されている。
横手古墳群に含まれる古墳の概要は,鹿島町教育委員会編『真野古墳群確認調査報告書』(昭和50年3月)の中で示されている。

B地区(原田地内)の古墳を見学した後,徒歩で南東の方に移動し,常磐線の踏切を越えて線路の東側の方に移動した。

踏切のすぐ北東側の小さな平坦地付近がA地区13号墳(既に湮滅)の所在地となる。
このA地区13号墳は,地下遺構として周溝跡だけが発見された古墳のようなのだが,その周溝から多数の埴輪片が出土している。墳丘を破壊した際に墳丘上の埴輪を周溝に捨てたのだろうと推測される。
鹿島町教育委員会編『真野古墳群確認調査報告書』(昭和50年3月)の中にA地区13号墳の発掘調査時におけるトレンチの写真が収録されている。

このA地区13号墳所在地の東側に隣接してA地区2号墳がある。
A地区2号墳は,径12.0×10.4m・高さ2.2mの円墳とされている。
ただし,A地区2号墳の現況は,ひどく小さく,湮滅寸前の状態にある。あるいは,既に湮滅しており,現況の塚のように見えるものは墳丘とは無関係の単なる土塊かもしれない。

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湮滅したA地区13号墳の所在地(手前の平坦地付近)
西の方から見たA地区2号墳(中央の塚部分)


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西の方から見たA地区2号墳


A地区2号墳の東側には国道6号線が走っている。その国道6号線の東側にA地区1号墳がある。

A地区1号墳は,全長30.25m・高さ1.8mの前方後円墳(帆立貝式古墳)とされている。発掘調査の結果,直刀等が発掘されている。
大和朝廷の命により藤原氏がこの地(行方郡)に進出する前の時代の支配者に関しては諸説ある。

IMG_0481.JPG北の方から見たA地区1号墳
(右手前が前方部・左奥が後円部)


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西の方から見たA地区1号墳のくびれ部(手前)~後円部(右奥)


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北東の方から見たA地区1号墳の後円部


A地区1号墳の所在地付近から北の方を見ると,山裾で大きく伐採が行われている場所が見えた。その場所は,永田古墳群(福島県遺跡番号4193)の所在地付近に該当する。

IMG_0485.JPGA地区1号墳所在地付近から見える永田地区の景観


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樹木が伐採されている場所(ズーム)


このあと,徒歩で南の方に移動し,クルマを停めておいた「かしま交流センター」の駐車場まで戻った。


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