南相馬市鹿島区寺内~小池:真野古墳群(その6)

過日,真野古墳群A地区(福島県南相馬市鹿島区寺内)及び真野古墳群B地区(福島県南相馬市鹿島区小池)に含まれる古墳を見学した。

真野古墳群に含まれる古墳の概要は,鹿島町教育委員会編『真野古墳群確認調査報告書』(昭和50年3月)の中で示されている。
今回の現地踏査は,この確認報告書の記載と下記の南相馬市のWebサイトで入手できる「真野古墳群マップ」を比較対照しながら判断した結果に基づいているが,誤解や間違いが含まれているかもしれない。

真野古墳群のA地区32号墳を見学した後,徒歩で南東の方に移動した。変形交差点の鋭角の三角形のような形状をした場所にA地区20号墳がある。
A地区20号墳は,全長32.0m,後円部直径10m・後円部高さ1.8m,前方部幅12m・前方部高さ2mで,前方部を南西の方に向けた前方後円墳とされている。墳丘の北側部分は道路によって掘削されている。
昭和22年と昭和24年に後藤守一氏と梅宮茂氏によって発掘調査が実施され,後円部と前方部からは何も発掘されなかったけれども,くびれ部にあった礫槨から金銅製双魚佩等が発掘されている。それらの発掘品は,馬具の一部と武器とみられるが極めて貴重なもので,南相馬市の真野古墳群マップの中にその佩の写真が示されている。
なお,A地区20号墳の礫槨とそこからの出土物,関連古墳との比較検討に関しては,穴沢咊光・中村五郎「福島県真野寺内20号墳に関する考察-金銅双魚佩出土古墳の性格について」考古学研究19巻1号67~78頁(1972年8月)の中で詳しく述べられている。

IMG_0164.JPG北の方から見たA地区20号墳の全景
(左が後円部・右が前方部)


IMG_0166.JPG
A地区20号墳の前にある真野古墳群A地区の説明板
62号墳~64号墳に関する記載は明らかに誤り)


IMG_0167.JPG
西の方から見たA地区20号墳
(手前が前方部・奥が後円部)


IMG_0168.JPG
南西の方から見たA地区20号墳のくびれ部(手前)と後円部(奥)


IMG_0171.JPG
南の方から見たA地区20号墳の後円部


A地区20号墳を見学した後,南西の方に徒歩で移動し,A地区27号墳を見学した。
A地区27号墳は,径15×19m・高さ2.1mの円墳とされている。

IMG_0174.JPG北の方から見たA地区27号墳


IMG_0177.JPG
北西の方から見たA地区27号墳

A地区27号墳を見学した後,東の方に移動し,阿部一水産(福島県南相馬市鹿島区寺内)のすぐ東にあるA地区7号墳を見学した。
A地区7号墳は,福島県道267号大芦鹿島線から見ることができ,径14×7m・高さ1.7mの円墳とされている。墳丘の北側と南側が掘削されているため,長楕円形のようになっている。

IMG_0231.JPG北の方から見たA地区7号墳


IMG_0230.JPG
東の方から見たA地区7号墳


阿部一水産の敷地南側にはA地区8号墳,9号墳,11号墳及び12号墳がある。その古墳所在地の現況は駐車場になっているのだが,半分公道・半分駐車場のような場所ではないかと判断した。もしかすると私有地(阿部一水産または堀込畳店の所有地)なのかもしれないが,よくわからない。一般の人が普通に通行しているようなので,古墳を見学するだけなら差支えないだろうと判断し,その場所から古墳を見学した。

A地区8号墳は,径10.5×12.5m・高さ1.9mの円墳とされている。
A地区9号墳は,径9.5×13.5m・高さ1.8mの円墳とされている。
A地区11号墳は,径7.5×13m・高さ1.9mの円墳とされている。
A地区12号墳は,径7×10m・高さ1mの円墳とされている。

これらの古墳の近隣にあったA地区10号墳,16号墳~19号墳,21号墳~26号墳は,もともと墳丘のない古墳であり,既に湮滅している。
A地区13号墳(径3.5×5m・高さ0.9mの円墳・半壊)の所在地は民家敷地内となっているため,見学しなかった。

IMG_0178.JPG南西の方から見たA地区8号墳


IMG_0181.JPG
南東の方から見たA地区8号墳


IMG_0184.JPG
北の方から見たA地区9号墳


IMG_0186.JPG
南東の方から見たA地区9号墳


IMG_0188.JPG
西の方から見たA地区11号墳


IMG_0190.JPG
北の方から見たA地区11号墳


IMG_0194.JPG
北の方から見たA地区12号墳所在地


IMG_0196.JPG
東の方から見たA地区12号墳


  南相馬市:真野古墳群マップ

この記事へのコメント