南相馬市鹿島区寺内~小池:真野古墳群(その5)

過日,真野古墳群A地区(福島県南相馬市鹿島区寺内)及び真野古墳群B地区(福島県南相馬市鹿島区小池)に含まれる古墳を見学した。

真野古墳群に含まれる古墳の概要は,鹿島町教育委員会編『真野古墳群確認調査報告書』(昭和50年3月)の中で示されている。
今回の現地踏査は,この確認報告書の記載と下記の南相馬市のWebサイトで入手できる「真野古墳群マップ」を比較対照しながら判断した結果に基づいているが,誤解や間違いが含まれているかもしれない。

真野古墳群のA地区59号墳を見学した後,更に東の方に50mほど徒歩で移動し,A地区53号墳の所在地であることを示す標柱のある場所に至った。その標柱の背後付近に若干の高まりのあるコブ状地形部分があるので,たぶんそれが墳丘なのだろうと判断したが,確実ではない。
A地区53号墳は,径7×8m・高さ0.5mの円墳とされている。

IMG_0136.JPGA地区53号墳の標柱


A地区53号墳の所在地の南約50mのところには,A地区49号墳が保存されている。
A地区49号墳に関し,鹿島町教育委員会編『真野古墳群確認調査報告書』(昭和50年3月)には,「12.0×3×1.2」との記載がある。半壊の古墳なのでこのような記載になっているものと思われる。現在の墳丘は,復元された墳丘ということなので,直径12mの円墳としての復元なのだろうと思う。

IMG_0141.JPGA地区49号墳


A地区53号墳の北側にある段丘縁のような場所にはA地区41号墳がある。A地区41号墳の墳丘は,墳丘の北側を通る舗装道路から見える。
A地区41号墳の墳丘の東側脇に通行可能な道路があると判断したので,少しだけ入ってみたところ,A地区40号墳が見えた。
A地区41号墳は,径11.5×12.8m・高さ1.9mの円墳とされている。
A地区40号墳は,径12×16.5m・高さ1.5mの円墳とされている。

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北の方から見たA41号墳


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東の方から見たA地区41号墳


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北の方から見たA地区40号墳

このあと南東の方に少し移動し,A地区37号墳の所在地付近に至った。現地は,生垣で囲われた区画となっており,墳丘のようなものがある。その墳丘に石材が載せられていることが生垣の切れ目から見える。
幸運なことに,その生垣のある場所の隣地の御主人とたまたま出逢うことができた。教養豊かな方で,そのあたりの遺跡等のことに関して要点を御教示いただいた。まことにありがたいことだと思う。
その方の説明によると,その塚状は確かに古墳なのだそうで,生垣は隣地境界を示すために植えられたものとのこと。墳丘上の石材は,この古墳から出たものではなく別の古墳から出たものだけれども,他に置くところがないのでこの古墳の墳丘上に置いてあるらしい。
そして,公路からは見えないが,隣地の方から見ると,確かに標柱が立てられている。

A地区37号墳は,径12×12m・高さ1.48mの円墳であり,昭和22年の慶應大学による発掘調査によって箱型石室等が発掘された。

IMG_0152.JPGA地区37号墳所在地付近


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東の方から見たA地区37号墳


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A地区37号墳の墳丘上にある石材


A地区37号墳所在地の南東約50mのところにA地区32号墳がある。A地区32号墳は,南側にある公路から見学可能なのだが,古墳所在地の西側道路を移動中,たまたま古墳所在地の西側隣地の奥様と出逢ったので,古墳を見学しに来たことを説明し,その方の御厚意により,敷地内から見せてもらうことができた。まことにありがたいことだと思う。
A地区32号墳は,径9.8×9.2m・高さ2.1mの円墳とされている。
A地区32号墳及び37号墳の所在地付近には,かつては複数の古墳があったが,現在ではこの2基だけになっている。

IMG_0158.JPG西の方から見たA地区32号墳


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南の方から見たA地区32号墳


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