南相馬市鹿島区寺内~小池:真野古墳群(その3)

過日,真野古墳群A地区(福島県南相馬市鹿島区寺内)及び真野古墳群B地区(福島県南相馬市鹿島区小池)に含まれる古墳を見学した。

真野古墳群に含まれる古墳の概要は,鹿島町教育委員会編『真野古墳群確認調査報告書』(昭和50年3月)の中で示されている。
今回の現地踏査は,この確認報告書の記載と下記の南相馬市のWebサイトで入手できる「真野古墳群マップ」を比較対照しながら判断した結果に基づいているが,誤解や間違いが含まれているかもしれない。

真野古墳群B地区の1号墳~4号墳と8壕墳を見学した後,少し東の方に移動し,真野古墳群B地区の9号墳~20号墳を見学した。真野古墳群B地区の範囲内に含まれる古墳は,どれも綺麗に除草されるなど丁寧に管理されており,素晴らしいと思った。

B地区20号墳は,真野古墳群B地区の東端に位置しており,径11.5×10.4m・高さ2mの円墳とされている。


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南東の方から見たB地区20号墳の所在地付近


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東の方から見たB地区20号墳


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北東の方から見たB地区20号墳


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北の方から見たB地区20号墳


鹿島町教育委員会編『真野古墳群確認調査報告書』(昭和50年3月)によれば,B地区19号墳は,B地区20号墳所在地の南西にあり,径17.5×19m・高さ2.2mの円墳とされ,また,B地区18号墳は,B地区19号墳のほぼ北側に所在するものとして図示されている。ただし,B地区18号墳に関しては「現存半壊」という記載があるのみで墳丘の大きさが全く記載されていない。

B地区19号墳所在地と思われる大きな塚のある場所に現に立てられている標柱には「十八号墳」と「十九号墳」の両方の名称が併記されている。
その意味を解釈しなければならない。

そこで,南相馬市教育委員会『南相馬市内遺跡発掘調査報告書14-平成31年・令和元年度試掘・確認調査報告-』(令和3年3月)を読むと,同報告書の7頁では,現存している古墳はB地区18号墳となっており,B地区19号墳の表示はない。
南相馬市教育委員会『南相馬市内遺跡発掘調査報告書14-平成31年・令和元年度試掘・確認調査報告-』(令和3年3月)の記載が正しいとすれば,B地区19号墳の所在地は現存墳丘の南側を東西に走る舗装道路敷地の地下ということになりそうだ。つまり,少なくともB地区19号墳の墳丘は既に消滅していることになる。
ただし,そのように理解すべきであるとすれば,現に立てられている標柱に「十九号墳」の記載があることは,明らかにおかしいということになる。
また,現存墳丘をB地区18号墳に該当すると仮定した場合,昭和50年3月の時点における調査結果中に計測結果が一切記載されていないので,B地区18号墳の直径及び高さは不明とせざるを得ない。
つまり,現況の墳丘を仮にB地区18号墳であるとした場合,その直径や高さの信憑性を評価できない物体がそこに存在していることになる。

以上に述べたこととは別の考え方として,現況の墳丘は,単体としての18号墳でも19号墳でもなく,(1)両者の古墳を合体して覆土した構造物のようなものだと理解すること,または,(2)もともとB地区18号墳は墳丘の北側部分の一部しかなく,B地区19号墳は墳丘の南側部分の一部しかない古墳だったので,同一の古墳の墳丘北側の一部と南側の一部が残存しているものと理解し,事実上統合した名称となっていると理解することも可能ではないかと思った。
このように理解できるすれば,標柱に「十八号墳」と「十九号墳」の2つが併記されている理由を推測できる。
ただし,国史跡としての登録内容とは異なるかもしれないので,もし訂正が必要なのであれば.必要十分な訂正を実施すべきだろうと判断した。

以上のような諸点に関し,南相馬市の文化財保護担当部署は,現況のようになるに至った経緯の詳細を可能な限り速やかに情報公開すべきだろうと思う。

このブログ記事では,とりあえず,「B地区18号・19号墳」と表記することにした。

IMG_0041.JPG南西の方から見たB地区18号・19号墳


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南の方から見たB地区18号・19号墳


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南東の方から見たB地区18号・19号墳

B地区18号・19号墳とB地区20号墳を見学した後,B地区10号墳~B地区17号墳の所在地北側を通る農道のような道があるので,その道を歩きながらそれらの古墳を見学した。B地区9号墳は,よくわからなかった。

B地区10号墳,11号墳,14号墳,15号墳,16号墳は,17号墳の西の方に並んでいる。B地区12号墳と13号墳の墳丘は消滅している。
B地区10号墳は,径12.2×12.2m・高さ1.7mの円墳とされている。
B地区11号墳は,径10.2×10.2m・高さ1.5mの円墳とされている。
B地区14号墳は,径13.4×10.2m・高さ1.7mの円墳とされている。
B地区15号墳は,径11.7×11.7m・高さ1.4mの円墳とされている。
B地区16号墳は,径13.8×13.8m・高さ1.5mの円墳とされている。
B地区17号墳は,径12.4×14.4m・高さ2.0mの円墳とされている。
B地区18号墳の大きさは不明。

IMG_0054.JPGB地区2号墳~17号墳の北側を通る道


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北の方から見たB地区17号墳


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北の方から見たB地区16号墳(左)・15号墳(中央)・16号墳(右)


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北東の方から見たB地区16号墳


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北の方から見たB地区14号墳


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北東の方から見たB地区11号墳(左)とB地区10号墳(右)


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東の方から見たB地区20号墳等の所在地付近


  大和國古墳墓取調室:福島県南相馬市真野古墳群B地区

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