栃木県芳賀郡益子町前沢:荒町古墳群と荒町狐塚古墳群(その3)

過日,荒町古墳群と荒町狐塚古墳群(栃木県芳賀郡益子町前沢)を見学した。

荒町古墳群と荒町狐塚古墳群に関しては,益子町史編さん委員会編『益子町史 第1巻 考古資料編』(昭和62年)の512~522頁に詳しい解説がある。

荒町古墳群中で現存する古墳を見学するため,西端の24号墳から始め,東の方に歩いて移動しし,荒町狐塚古墳群を見学した後,少し南下して荒町古墳群の南東部分に所在する古墳を見学し,そして,元の場所に戻った。

荒町19号墳を見学した後,少し東の方に移動し,荒町狐塚古墳群を見学した。
荒町狐塚古墳群は,10基ほどの古墳で構成される古墳群だったようなのだが,現在でも墳丘が残されている古墳は2基のみとされている。ただし,荒町狐塚4号墳と5号墳の所在地付近には石材が露頭していることになっている。畑の中であるため近くまで寄ることはできないが,道路からそれらしきものがどうにか見えたので,ズームで写真を撮った。また,荒町狐塚1号墳所在地となっている畑の南西端付近には古墳由来とされている石材が残されている。
なお,荒町狐塚古墳群所在地の更に東方の段丘上には山本稲荷神社古墳がある。

荒町狐塚1号墳は,荒町19号墳所在地の北東約250mの畑の中にある。

栃木県道257号西小塙真岡線から分岐して荒町狐塚1号墳所在地付近に至る道の分岐点付近には小さな御堂があり,その脇に古墳石室の奥壁のような形状の大きな板碑が建立されていた。

荒町狐塚1号墳の現況は前方後円墳のような形状をしているが,周溝の発掘調査により,直径約28.5m・高さ約3mの円墳であることが判明している。現況の形状は,後代に加工されたものということになる。石室は既に破壊されて存在していないが,横穴式石室だったと推定されているようだ。荒町狐塚古墳の墳丘のすぐ西側を通る道路が少し湾曲しているが,その湾曲している部分が元の周溝の所在地を反映しているように見える。
荒町狐塚1号墳の墳頂には石祠が祀られており,墳丘南側に鳥居が立てられている。この鳥居のある場所付近が周溝の南端部分に相当するらしい。

なお,荒町狐塚1号墳の北側と北東側の直近に隣接して荒町狐塚2号墳と3号墳が存在していたようなのだが,現在では完全に削平されている。3号墳は,周溝発掘調査中に遺構だけが発見されたものとのこと。

IMG_6290.JPG県道257号線からの分岐点にある御堂と板碑


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道標


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南の方から見た荒町狐塚1号墳


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南の方から見た荒町狐塚1号墳


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南西の方から見た荒町狐塚1号墳


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西の方から見た荒町狐塚1号墳


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荒町狐塚1号墳の北側付近の様子


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北の方から見た荒町狐塚古墳群所在地付近


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荒町狐塚4号墳所在付近と思われる場所にある石材


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別の石材等の集積(破壊された古墳の石室材?)


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畑の南端付近にある古墳由来とされている石材


荒町狐塚6号墳の所在地は,道の分岐点の南側に位置する民家敷地内が該当する。
荒町狐塚6号墳は,直径約7m・高さ約1mの小さな円墳と推定されているけれども,耕作のために変形が著しいとされている。
現況において,当該の民家敷地内に築山のようなものが2基見えるものの,いずれも大きすぎるため,6号墳ではないと判断した。「もしかすると6号墳の上に覆土した築山なのかもしれない」と思った。しかし,迷惑だろうと考えたので,その御宅を訪問して質問することは控えた。

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