藤枝市青葉町:岩城神社と古墳(その1)

過日,岩城神社(静岡県藤枝市青葉町)を参拝した。祭神は,伊弉冉命・速玉男命・事解男命。
岩城神社は,和銅4年(711年)に創建の古い神社。岩城山及びその周辺に残る古墳の被葬者一族と関係する神社として創建されたのではないかと想像した。

岩城神社の境内地となっている岩城山の尾根上には岩城山古墳群と呼ばれる古墳群がある。それと同時に,この山は,室町時代~戦国時代の砦跡ともされている。当時,古墳の一部が土塁等として二次利用または破壊されたものと推測される。
一般に,山城や砦の適地は群集墓の適地でもあることが非常に多いので,砦や山城の構築に伴う古墳の二次利用例または破壊例は数知れず存在するのだろうと思う。そのような場所は,基本的に複合遺跡である可能性が高い場所として扱うべきだと考えている。
岩城山一帯は,岩城山緑地として保護されており,山の尾根に沿って散策路がある。

岩城山古墳群に関しては,藤枝市史編さん委員会編『藤枝市史 資料編1 考古』(平成19年)の534~538頁に詳細な解説がある。

今回の訪問では,時間と体力の関係もあり,主として,岩城神社の社殿裏側(西側)にある古墳(1号墳~3号墳,13号墳~18号墳)の一部(1号墳,13号墳~15号墳の所在地)を見学した。
1号墳~3号墳は,いずれも直径5mで,横穴式石室をもつ円墳。13号墳~18号墳は,未調査のようなのだが,図面上では直径5~10m程度の円墳のように表示されている。

4号墳(直径約15.5mの円墳)は,社殿の東側にある尾根上の四阿の脇にあり,石で円形で囲まれている場所がその所在地の範囲を示していると思われる。『藤枝市史 資料編1 考古』の解説によれば,4号墳は,木棺直葬の8号墳の墳丘の上に,既存の8号墳の木棺を破壊して4号墳の横穴式石室を設けることによって構築されたものとのことなので,古墳としては同一の場所にあることになる。
社殿の東側の尾根上にある古墳(5号墳~7号墳)は, 四阿を南東側にちょっと下った広場のような場所に所在しているのだが,いずれも削平されており,古墳の遺構または残骸が存在するだけのように見える。6号墳の墳丘の規模は不明とされており,もともと横穴式石室の一部が残されていただけのようだ。
9号墳(直径12.0mの円墳)の所在地は,四阿のある場所から広場のような場所に下る斜面付近となっている。10号墳~12号墳は,その広場の縁にある柵の外の急斜面上に位置しており,見学不可能。

これらの古墳は,岩城山が緑地公園として整備される際に発見された古墳とのこと。

なお,かつて,岩城山の南西側に隣接して藤五郎山という小山があり,その山頂に藤五郎古墳が存在していたが,土取り場として掘削され,現在では,山ごと全部削平されて住宅地になってしまっている。
もっとも,岩城山の北西側の道路に面した法面には古墳石室のように見える石材が露頭している。この石材が古代のものだとすれば,室町時代~戦国時代頃に大規模に地形が改変されており,その関係で石室の一部が埋もれてしまったということもあり得るのではないかと思われるのだが,例えば,戦時中の防空壕のような現代の構築物の一部であるかもしれず,よくわからない。いずれにしても,古代における地形を正確に再現することは容易なことではない。

IMG_5708.JPG西の方から見た岩城山


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路傍の蓮華


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岩城山北西側の法面


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法面に露頭している石材


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北側の鳥居


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拝殿


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本殿と境内社(十二社神社)


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由緒書


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手水


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4号墳・8号墳所在地となっている東側尾根部分


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東側尾根部分に登る道


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4号墳・8号墳所在地


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石材


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石材


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9号墳所在地付近?


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石材


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