深谷市:木の本古墳群(その3)
過日,木の本古墳群(埼玉県深谷市)を見学した。 木の本古墳群は,深谷市の東方地区と原郷地区にまたがるかなり広い範囲に分布する古墳群。民家敷地内にあるために見学を控えた古墳を除き,公道等から見学可能な古墳を一応全部見学することができた。 なお,木の本古墳群及び関連遺跡の所在地を示す図は,深谷市教育委員会編『埼玉県深谷市埋蔵文化財発掘調査報告書第98集 木の本3号墳』(深谷市教育委員会,2009年) の3頁と5頁にある。
木の本4号墳を見学した後,北西方向に徒歩で移動し,木の本12号墳を見学した。12号墳は,直径約13mの円墳とされている。
12号墳の南側には人家があるので墳丘が見えにくいが,北側の方に回り,県道624号線の方から見ると墳丘のだいたいの様子を観察できる。その墳頂には天神社が祀られているとのことなのだが,近くには寄らなかったので確認できなかった。
なお,移動の途中で「旧東京第二陸軍造兵廠深谷製造所給水塔」が見えた。元は給水塔だった建物なのだが,現在では居住用建物に改造され現に使用されている建物とのこと。
北の方から見た12号墳
木の本12号墳の所在地から徒歩で更に北西方向に移動し,木の本10号墳と11号墳の所在地付近に至った。10号墳と11号墳は,いずれも民家敷地内にあるので,公道からは見られないものだと思っていたのだが,10号墳の西側にある農道の方に少し入ってみたらそれらしいものが見えた。11号墳は全くわからない。コロナの関係もあるので,所有者の方に見学をお願いすることは断念した。
10号墳所在地の西側に隣接して墓地区画がある。その墓地区画内に「No.263古墳」と呼ばれる古墳の所在地がある。たぶんここだろうと思われる場所を見学した。ただし,確実ではない。
10号墳は,一部発掘調査の結果,全長約41m・後円部直径約34m・前方部長約7mの帆立貝式前方後円墳または造り出しつき円墳とされている。11号墳は,直径約17m・高さ約3mの円墳とされている。
11号墳所在地と思われる場所
周辺の畑地
10号と11号墳の所在地付近を見学した後,県道264号線に沿って,徒歩で南東方向に戻った。
木の本3号墳の北東約80mのところに木の本1号墳がある。1号墳は「妙見山」とも呼ばれ,直径約35mの円墳とされている。横穴式石室をもつ古墳とのこと。墳丘には登らず,公道から見える範囲内で見学した。
北東の方から見た1号墳
南東の方から見た1号墳
1号墳の説明板
木の本2号墳は,1号墳の南東約50mのところにあり,地蔵山とも呼ばれ,直径約20mで,横穴式石室をもつ円墳とのこと。1号墳と同様,墳丘には登らず,公道から見える範囲内で見学した。
北西の方から見た2号墳
南東の方から見た2号墳
以上で木の本古墳群の1号墳~5号墳,7号墳~10号墳と12号墳を見学したことになる。
木の本古墳群の6号墳に関してはどの資料にも所在地の記載がなく,よくわからないのだが,塩野博『埼玉の古墳 大里』(さきたま出版会,2004年)の524頁には「墳丘の大部分が破壊され,古遺跡として原郷1975番地に残る」と書かれているので,この記載が正しいとすれば,木の本3号墳に接続する土塁等の所在地がそれに該当するのではないかと思われる。土塁上には古墳由来のような雰囲気をもつ石材が置かれていたが,この石材が6号墳の名残りのようなものなのかもしれないと思った。
ちなみに,同書の527頁には,木の本13号墳に関し,「墳丘は土地区画整理で破壊されている」と書かれているので,湮滅古墳と理解して差支えないと思われる。
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