常陸太田市東連地町:青蓮寺

過日,浄土真宗西本願寺派・皇跡山青蓮寺(茨城県常陸太田市東連地町)を参拝した。本尊は,阿弥陀如来。
青蓮寺の境内地は,天武天皇籠潜之跡となっている。
また,青蓮寺は,豊後国二孝女の伝承の舞台ともなっている。
私が到着したときにはたまたま住職が不在だったが,奥様からとても親切にしていただき,本尊を拝することができた。境内を拝見していたら住職がみえたので,挨拶し,本尊である木造阿弥陀如来像の特徴等について説明を受けることができた。まことにありがたいことだと思う。
鎌倉時代の作風を伝える仏像ということで,私も極めて貴重な文化財だと思った。

IMG_0710.JPG
青蓮寺入口付近


IMG_0707.JPG
本堂


IMG_0698.JPG
説明板


IMG_0703.JPG
豊後国二孝女の碑


IMG_0701.JPG
初衛門養生の庵跡


『日本書紀』が完全な書物だと信じている人にとっては,「天武天皇が常陸國に籠潜していたなどということはあり得ない」と笑いとばすことだろう。
しかし,『日本書紀』は完全な書物ではない。その原本はとうの昔に失われ,だいぶ後の時代の写本しか存在しない。しかも,暦の問題から,壬申の乱前後の時期につじつまの合わないことが多数あり,最大で1年程度の空白時期があり得るということは古代暦の専門家によって夙に指摘されているとおり。
では,「どのような原因で籠潜することになったのか」については,一応私見があるけれども,物議をかもすだけなので黙ることにしている。
『日本書紀』の記述を全部正しいと解する前提にたったとしても,通説の見解では,天武天皇がとても大勢の東国の武人の加勢を得ることができた理由を全く説明できていない。このことそれ自体に異論はないのではないかと思う。

この問題を解く鍵は,当時のことを記した中国の史書にある。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック