つくば市倉掛:倉掛千現塚

過日,倉掛千現塚(茨城県つくば市倉掛)を見学した。
倉掛千現塚は,鹿島神社の南西に位置する墓地区画内にあり,その頂上には富士山が祀られており,由来を記した石碑がある。
この石碑の記載によれば,江戸時代に倉掛地区と近隣地区との間で草刈場(入会地?)の境界争いがあり,倉掛地区の人々が境界確定のための訴訟を起こした際,富士山に勝訴を祈願したところ,元禄10年(1697年),倉掛地区の言い分が認められて勝訴したので,それを記念し,当時においては富士山を眺望することができたこの場所に塚を築いたのだそうだ。勝訴記念の構造物であると同時に,富士山信仰の富士塚的な信仰塚でもあったと理解することができる。墳墓ではない。
江戸時代における訴訟制度の運用の実際と当時の人々の思いのようなものを現代に伝える極めて貴重な文化財の1つだと言える。
倉掛千現塚の周辺地域は都市化が大規模に進んでいる。この墓地区画のすぐ西の方には学園東大通りが南北に走っている。かつての景観とは相当に異なる状態になっているのだろう。かつての草原をイメージすることはかなり難しい。
なお,墓地区画の北西側の道路をはさんだ隣地には塚状地形が見られた。これは,古墳とも塚ともされていない。残土のようなものかもしれない。

IMG_0767.JPG
北東の方から見た倉掛千現塚所在地付近


IMG_0770.JPG
南西の方から見た倉掛千現塚と石段


IMG_0776.JPG
頂上付近の様子


IMG_0771.JPG
富士山


IMG_0774.JPG
千現塚由来碑


IMG_0777.JPG
墓地建設之由来碑


IMG_0779.JPG
北西側隣地にある塚状地形

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック