茨城県東茨城郡城里町北方:喫茶止幾・黒澤止幾子顕彰館

過日,城里町内の遺跡や寺社を見学して回った際,たまたま喫茶止幾(茨城県東茨城郡城里町北方)の前を通った。軽食も提供しているようなので,ここでランチをとることにした。ランチメニューの中で生姜焼きランチを選び,注文した。とても美味しかった。
この喫茶止幾は,明治時代の偉人・黒澤止幾(黒澤止幾子)の顕彰館ともなっており,関連資料等が展示されている。室内に展示されていた『史記』の版本がやけに鮮明に記憶に残った。
正直に言うと,浅学にして黒澤止幾(黒澤止幾子)のことを何も知らなかった。
展示されている関連資料等を拝見し,帰宅した後に更に調べてみたところ,歌人であり,波乱万丈の人生の後,明治時代において日本国初の小学校女性教師になった人だったということを知った。もし私が当時における黒澤止幾(黒澤止幾子)の立場だったとしたら,とてもそのように立派には生きられなかっただろうと思う。まさに偉人。
籠で江戸に移送中に詠んだという歌を読みながら,年甲斐もなくじ~~んとしてしまった。

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喫茶止幾


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喫茶止幾・黒澤止幾子顕彰館の掲示板


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屋外展示の一部


私は,1人の人間を無用に過大評価しようとは思わないし,意図的に過小評価しようとも思わない。証拠に基づかない推論というものがいかに危険なものかということも十分に知っている。それと同時に,経験則の重要性も知っている。

黒澤止幾(黒澤止幾子)の生涯に関しては,湯浅由三『時代に創られた偉人 黒澤止幾子伝と混沌』(幻冬舎,2020年)という本が出ていたので,Amazonから購入して読んでみた。非常に薄い本なので,極めて短時間で読み切った。
関連文書等を比較検討した上で,全部虚構だという結論になっている。
しかし,全部虚構だという結論には賛成できない。
黒澤止幾(黒澤止幾子)がどのようにして生計をたてていたのかに関する考察や推論が全くなく,生活感のない文書だ。明治初年における教育制度及び教育環境というものがどのようなものだったのか,そして,当時におけるこの地の情勢がどのようなものだったのか,ほとんど理解していない。歴史的考察の深みが全く感じられない。
歌人としての黒澤止幾(黒澤止幾子)が残した歌に秘められた思いのようなものへの考察が全くない。



 茨城文化情報ネット:黒澤止幾
 http://www.bunkajoho.pref.ibaraki.jp/wp-content/uploads/2018/10/senjin17.pdf

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