鹿嶋市:宮中野古墳群再訪(その2)
過日,宮中野古墳群(茨城県鹿嶋市宮中)及び関連古墳群所在地を再訪し,現状において現存しており,かつ,アクセス可能な古墳や関連遺跡等を観て回った。
かつて,夫婦塚古墳(73号墳)の北側にも古墳が多数あったようだ(60号墳~68号墳など)。パンフレット(分布図)によれば,良好な状態で現存と記載のある61号墳(円墳)と65号墳(円墳)のほか,半壊状態の62号墳(円墳)及び67号墳(円墳)があることになっているので,その所在地に行ってみた。
元は某社の社宅アパートが並んでいた場所は,綺麗に削平され,普通の宅地となっていた。
62号墳,65号墳及び67号墳が並んでいた場所は,台地の縁のような場所であり,元は細い道の路傍に墳丘とその残存物が並んでいたらしい。現況は,道路が拡張されて舗装されている。この道路拡張に伴い,62号墳,65号墳及び67号墳は,全て湮滅したようだ。
また,61号墳の所在地近くにも行ってみたけれども,そのあたりも宅地となっており,墳丘らしきものが見当たらなかった。61号墳は,湮滅したものと思われる。
夫婦塚古墳(73号墳)の東に隣接して双子塚古墳と呼ばれる前方後円墳(72号墳)がある。この双子塚古墳は,北西の方に前方部を向けた前方後円墳なのだが,墳丘の北東側半分が縦割りのような状態で削平されており,南西側半分だけが残されている状態となっている。
双子塚古墳(72号墳)の周囲は柵で囲われ,立入禁止となっているけれども,柵の外から墳丘の様子を観ることができる。双子塚古墳(72号墳)と夫婦塚古墳(73号墳)との間の道路付近からは双子塚古墳(72号墳)の前方部端付近の残部が見える。双子塚古墳(72号墳)の南西側道路からは,双子塚古墳の残部のほぼ全景を観ることができる。
なお,双子塚古墳(72号墳)の北東側隣地付近に半壊状態の70号墳(円墳)があるということになっているのだが,民家敷地内なので現存しているかどうかわからない。公路から見える範囲内で判断する限り,既に湮滅していると思われる。
双子塚古墳(72号墳)の周囲は柵で囲われ,立入禁止となっているけれども,柵の外から墳丘の様子を観ることができる。双子塚古墳(72号墳)と夫婦塚古墳(73号墳)との間の道路付近からは双子塚古墳(72号墳)の前方部端付近の残部が見える。双子塚古墳(72号墳)の南西側道路からは,双子塚古墳の残部のほぼ全景を観ることができる。
なお,双子塚古墳(72号墳)の北東側隣地付近に半壊状態の70号墳(円墳)があるということになっているのだが,民家敷地内なので現存しているかどうかわからない。公路から見える範囲内で判断する限り,既に湮滅していると思われる。
双子塚古墳(72号墳)の南側にある道路を南東の方に少し進むと,途中から南に折れる。道なりに南進すると,小町塚古墳(115号墳)の所在地の方に至ることができる。
なお,この南進する道は,途中で東の方に分岐している。その分岐した道をそのまま東進して林の中を歩くと,38号墳所在地付近で更に分岐し,他の古墳の所在地に至ることができる。
なお,この南進する道は,途中で東の方に分岐している。その分岐した道をそのまま東進して林の中を歩くと,38号墳所在地付近で更に分岐し,他の古墳の所在地に至ることができる。
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