潮来市:大生古墳群(大生西部古墳群)再訪(その1)
大生古墳群は,現在では,大生西部古墳群と大生東部古墳群に分けて理解する見解が普通のようなのだが,通常,大生古墳群というと大生西部古墳群のことを指す。
大生古墳群(大生西部古墳群)は何度か訪問したことがある。しかし,いずれも草の生えている時期だったので,よくわからない古墳が幾つかあった。
そこで,過日,薄曇りで撮影条件の良い日ではなかったけれども,冬の間に再訪し,見学することにした。
大生古墳群には多数の古墳が含まれており,その付番には変動があるのかもしれないのだが,このブログでは,大場磐雄編『常陸大生古墳群』(雄山閣出版・1971年)の15頁にある分布図に従うことにする。
その日は緊急事態宣言の効力により公共施設等が利用できなくなる前だったので,「茨城県水郷県民の森」の芝生広場にある駐車場にクルマを停めることができた。そのあたりから順に見学を始め,北端の古墳所在地まで歩いた。
「茨城県水郷県民の森」の芝生広場の北東には「百合の森ゾーン」と「ヤマザクラゾーン」がある。冬に観ると,単純な平坦地になっている。そのあたりに6号墳と7号墳があったようなのだが,それらしいものを見つけることができなかった。公園化の際に湮滅したものと思われる。
芝生広場の西には8号墳がある。私が他の古墳を見学し終えて芝生広場の駐車場に戻ってきたときには,8号墳の墳丘上の草刈り作業が行われていた。
8号墳の南側には9号墳と10号墳という小さな古墳があったようなのだが,9号墳所在地は土塁のような構造物の所在地付近と思われ,要するに,現存しないようだ。10号墳所在地と思われる場所には,古墳の石室材のようなものが置かれていた。たぶん10号墳の所在地を示すためのものだろうと思ったのだが,確実ではない。
8号墳の東側~南側には,9号墳と10号墳のほか,11号墳,12号墳,13号墳及び14号墳があった。14号墳の発掘調査結果に関しては,大場磐雄編『常陸大生古墳群』の37~42頁(寺村光晴・茂木雅博担当)に詳細な記述がある。
それらの古墳の所在地付近は,以前訪問した時には笹が密生していて,古墳が残存しているのかどうか全くわからないような状態だった。今回訪問してみると,笹薮の一部が綺麗に刈り取られていて,そのあたりの状況を観察しやすくなっていた。結論として,これらの古墳は,全て湮滅していると思われる。
それらの古墳の所在地付近は,以前訪問した時には笹が密生していて,古墳が残存しているのかどうか全くわからないような状態だった。今回訪問してみると,笹薮の一部が綺麗に刈り取られていて,そのあたりの状況を観察しやすくなっていた。結論として,これらの古墳は,全て湮滅していると思われる。
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