足利市:足利学校

過日,足利学校跡遺跡(栃木県足利市昌平町)の上に復元されている足利学校を見学した。
太平記館(足利市観光協会)の駐車場にクルマを停め,そこから先は徒歩で往復。
一般に,足利学校の創建時機については諸説があるが,室町時代~戦国時代には関東地方における最高学府として,儒学を教える機関であったことについては異論がないと思われる。徳川幕府が朱子学を奨励するようになると,それ以前の儒学を基本とする足利学校の地位が低下したとされているが,明治時代以降の変転を経て足利学校の蔵書として現在まで伝わる『宋版尚書』等の原典は,極めて貴重な文化財となっている。これらの蔵書を基本として何百年にもわたり専門教育が実施された結果,世俗的な習俗のようなでたらめのものに堕落・変容していない本来の儒学が日本国において健全に継承されることとなった。その歴史上・文化上の価値は,筆舌に尽くし難い。
足利学校の建物は,明治時代に破壊されてしまったが,その跡地にほぼ元通りに復元されている。また,足利学校の建物が破壊された後にその蔵書の保存のために重要な役割を果たした足利学校遺蹟図書館の建物も保存されている。
庭園等も復元されており,古墳様の築山もあるが,それらの築山は古墳ではない。古墳ではないにしても,そのような形状の築山が存在していたものとして庭園内に復元されているということは,かつて,足利市周辺には極めて多数の古墳が残存しており,古代の偉人に想像をはせながら儒学に没頭するためには最適な空間・環境が整っていたのではないかと想像しながら敷地内及び施設内を見学した。素晴らしい施設だと思う。
足利学校の方形の敷地の四周には土塁と堀があり,中世の館としても機能し得ることを想定して構築された施設だったのではないかと思った。

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南東側の土塁と堀


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裏門付近


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入德門付近


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学校門


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孔子立像


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正一位霊験稲荷社(正一位霊験稲荷大明神)


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正一位霊験稲荷社の社殿


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正一位霊験稲荷社の説明板


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足利学校遺跡図書館


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足利学校遺跡図書館の説明板


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孔子廟


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孔子坐像


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小野篁像


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孔子廟の説明板


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南庭園


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足利学校の方丈と庫裏


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脇玄関にある孔子像など


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内庭


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北庭園


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衆寮


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木小屋


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土蔵


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庠主の墓所


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庠主の墓所の説明板


一口に「儒学」と言っても,総称の一種であり,一般に儒学に分類されている古典を全て通読した後でなければ,正確なイメージを掴むことが困難だろうと思っている。これまでの人生の時間の多くをかけて,ほぼ全てを一応読んだと思っている。全て正しく理解できているとは思っていないが,とにかく読んだ。
若い頃には『中庸』を随分と読んだ。そのおかげで江戸幕府の官僚の心理構造のようなものが少しわかるようになったと思っている。その影響は,現代の官僚にまで及んでいる。
教養として『論語』や『孟子』を何度も読んだ。そのおかげで,明治時代以降の日本国において固定化してしまった硬直的な単純反復訓練の構造物(家元制度の一種)に過ぎない教育観または文教政策のようなものが少しわかるようになったと思っている。後進国には適した考え方だと思う。ただし,『論語』や『孟子』は,ヒトが野生動物である類人猿の一種だった頃と同じような単純な生存競争の時代に戻ってしまっている現代のグローバル社会には適していない。韓非子やマキャベリなどを読むべきだろうと思う。
老いてからは,日本国の古代社会を理解するために(中国における様々な時代の様々な版の)『礼記』と『尚書』も勉強した。
その他いろいろと読み漁った結果,儒学の範疇に属するものとしては,私自身の個性または感性に最も合っていたのは,結局,『荀子』だった。



 足利市:史跡足利学校
 https://www.city.ashikaga.tochigi.jp/site/ashikagagakko/

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