潮来市上戸:観音寺と古墳石棺

過日,真言宗豊山派・瑠璃光山明應院観音寺(茨城県潮来市上戸)を参拝した。

下記の観音寺のサイトの説明によれば,観音寺は,大同2年(807年)に創建されたが,大火によって移転を余儀なくされ,観応2年(1351年)に現在の所在地に移転して今日に至っているとのこと。

私は,大同年間に『大同類聚方』と『医心方』が編纂され,日本国における標準処方が公定されたことと関係して,各地に建立された寺院の1つなのではないかと考えている。古代においては,現在理解されているような意味での西洋医学の医師という職業集団は存在しなかった。寺院は,当時において最も高いレベルの教養をもつ僧侶が薬方の処方も重要な仕事の一つとしていたのではないかと想像される。

観音寺の境内には茅葺の山門と薬師堂があり,いずれも文化財に指定されている。とても立派なもので,勉強になった。


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観音寺入口付近


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山門


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本堂


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薬師堂


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薬師堂の説明板


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古い石仏など


観音寺の境内には,中が見えやすいように工夫され,石室上に配置した状態で石棺が保存されている。大場磐雄編『常陸大生古墳群』(雄山閣・1971年)の107頁によれば,この石室は,中台古墳群(茨城県潮来市横須賀)で発見され,観音寺境内で移築・保存されているもので,発掘当時には人骨2体,金環2個及び刀剣の小破片が発見されたとのこと。
この中台古墳群とは,現時点では横須賀古墳群(茨城県潮来市横須賀)と呼ばれている古墳群のことを指すのではないかと思われるが,確実ではない。横須賀古墳群を構成する古墳の大半は全て湮滅しており,残存古墳と思われる塚は民家敷地内にあるため,その見学は難しい。
ちなみに,観音寺の近くにある台地上には観音寺古墳群(茨城県潮来市上戸)があったけれども,現時点では,観音寺古墳群を構成する古墳の全てが湮滅しているようだ。


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中台古墳群から移築・復元された石棺


また,墓地区画の端に小さな神社が見えたので,その神社にも寄って参拝した。


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墓地区間の南端にある神社



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