下野市薬師寺:御鷲山古墳

過日,御鷲山古墳(栃木県下野市薬師寺)を見学してきた。下野薬師寺跡の真北にあり,下野薬師寺の正門のある南側から本堂を拝すると自動的に御鷲山古墳を遥拝することになるように当初から設計されていたと考えられる。このようなプランは,門(鳥居・山門)のある方から拝殿を拝すると自動的に御神体を遥拝したことになるという現代まで続く神社の基本的なプランの基礎となったものと考えられる。御神体として本殿背後に古墳を残している神社では,古代の設計プランのままという構造が存在していると理解することが可能だ。そして,横穴式石室も同じような基本的なプラン(門~羨道~玄室)をもつ構造物として理解することが可能なので,いわばマトリョーシカのような入れ子構造がそこに存在していることになる。平城京までの都城の基本設計においても同じような論理構造が存在したのだろうと考えられる。なお,平安京に関しては,やや面倒な解析を要する。

それはさておき,御鷲山古墳は,全長約63mの前方後円墳とされている。前方部の南面に石室が開口しているが,現状では石室に近づくことは非常に困難なことだと思う。前方部は,ほぼ真西を向いている。その方向には,吾妻古墳(栃木県下都賀郡壬生町)があり,現在の栃木市北部から山を越えて桐生市~群馬県前橋市がある。概ね緯度の同じ場所には,大室古墳群(群馬県前橋市西大室町)と総社古墳群(群馬県前橋市総社町)がある。

御鷲山古墳は,周囲の建物と墳丘上の樹木に遮られ,その全体像を把握することが困難な古墳の1つに入ると思う。墳丘(前方部)への登り口は,古墳の西側にあり,そこに説明板等がある。後円部は,古墳の東側にある公民館の裏側から見ることができる。下野薬師寺跡に御鷲山古墳の模型がある。


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古墳入口付近


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説明板


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前方部


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後円部墳頂付近


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後円部から見た前方部


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古墳北側道路から見た前方部付近


この古墳を訪問した際には,なぜかハグロトンボ(Calopteryx atrata)が群れなしていた。


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 下野市の文化財:御鷲山古墳



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