土浦市:今泉愛宕山古墳

過日,今泉愛宕山古墳(茨城県土浦市今泉字原田)を見学してきた。今泉愛宕山古墳は,古代の集落遺跡の上につくられている紫ケ丘公園の北西のところにあり,前方後円墳とされている。墳丘の前には参道と鳥居があり,墳頂には愛宕神社がある。参拝してから周辺を拝見した。鳥居から少し進んだ場所あたりから社殿の前のあたりまでの部分が前方部であり,社殿は後円部の墳頂にある。社殿の背後は切り立った崖のようになっている。現在では周囲を樹木に囲まれていて何も見えないが,かつては木々が存在しなかったと考えられる。その墳丘上からは眼下の低湿地や河川・湖沼を往来する船舶等の様子を眺めることができたと想像する。
この今泉愛宕山古墳の周辺の地域は,愛宕山古墳群のある場所なのだが,工業団地の造成等に伴い,その多くが湮滅してしまったらしい。今泉愛宕山古墳の西側の畑地の中にそれらしい墳丘のようなものがあるのを見つけたが,それが古墳であるかどうかは確実ではない。

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紫ケ丘公園


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鳥居


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前方部と思われる部分(手前)と後円部(奥)


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後円部と拝殿


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本殿


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由緒書


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本殿背後の祠


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西側の畑地にある古墳と思われる盛土


[追記:2019年11月27日]

その後,この古墳の正確な測量図面を入手した。その図面は,土浦市史編さん委員会編『土浦市史』(昭和50年)の52頁にあった。現在社殿のある部分は前方部の頂点付近に相当する。くびれ部と後円部は古墳のすぐ南側を通る道路のために掘削され,既に消滅している。この道路の脇にくびれ部の断面部分がコンクリートの擁壁によって一部守られた状態で少しだけ見える。
社殿への階段部分は,前方部の西側角に相当する。
なお,同書の53頁には古墳軍の配置図が示されており,これによると,上記の一番下の写真にある墳丘のようなものは,愛宕山古墳群の2号墳に該当する可能性があるけれども,残土のようなものであるかもしれない。
ただし,この配置図では,今泉愛宕山古墳の後円部と前方部が測量図面とは逆に示されているので注意を要する。この配置図にある愛宕山古墳群の1号墳,3号墳,4号墳,7号墳は,残存している可能性がある。再訪して確認してみたいと思っている。

[追記:2019年12月13日]

多少無理して時間をつくり,今泉愛宕山古墳とその周辺の地域を再訪し,丁寧に観て回った。その結果,今泉愛宕山古墳は,後円部を含め,ほぞ完全な形で残されていることがわかったので,2019年11月27日の追記の一部を削除することにした。後円部は,社殿の南東側にある狭いくびれぶの先にある。その高さは前方部よりも若干低く見えるので,前方部の上は盛られているのかもしれないと思った。
今泉愛宕山古墳の周辺には,愛宕山古墳群を構成する古墳の一部が残存している。これについては,後に改めて書くことにする。

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社殿のある前方部


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前方部から見たくびれ部付近


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前方部から見た後円部
(斜めに倒れた樹木がある付近が墳頂付近)


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段丘下から見た古墳のある森

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