千葉県・香取市:又見古墳

香取神宮を参拝した後,すぐ近くにある又見古墳に寄ってみた。小山の上にあり,その頂上部分には又見神社がある。元は「若宮」または「若方」との地名だったらしい。又見神社の本殿の祭神は天苗加命,武沼井命,天押雲命で,天苗加命は香取氏の祖・経津主神の子とされるから「若宮」との古地名にも頷ける。

古墳正面には又見神社の鳥居があり,神社に登る石段がある。神社は古墳そのものの上に築造されているので,この石段は墳丘に登るための石段ともなっている。
又見古墳


鳥居の右脇には由緒を記した石碑が建てられている。それによると、本殿に天苗加命(香取大神の御子神)を奉祀し、その相殿に武沼井命(鹿島大神の御子神)と天押雲命(天児屋根命の御子神)を奉祀しているとのことだ。「苗」を「草」の略字と考えると「苗加」は「草加」となる。「草加」は「日下」、「草香」、「草壁」と同じと解釈することが可能で,「下」を「本」の略字と解すると「日下」は「日本」となる。異論続出かもしれないが,まあいろいろと考えることができるということだ。

又見古墳


その石段を登ると平坦なところに出る。山を掘削して境内地を拡張する工事をした際に石室が露頭したのだそうだ。古墳の全体像は明確ではないが,この神社のある部分だけが古墳だとすればかなり大きな円墳だったことになる。ただ,神社の後背地の地形がかなり特徴的なので,そちらのほうが前方部となっており,又見神社のあるところが後円部になっている前方後円墳だったという可能性があるのではないかと思う。仮にそうだとすれば,規模としても結構大きな古墳になる。

又見古墳


又見古墳


又見古墳


本殿の右脇に石室が置いてある。雲母片岩でできているということなので,筑波山あたりから運んできたものなのだろうと思う。筑波山にある古墳の石室と共通の特徴をもっているということが指摘されている。本殿の直下には石棺が保管されているとのことだ。しかし,本殿があるのでそれを見ることはできない。

又見古墳


古墳の築造年代としては7世紀ころと考えられているらしい。紀元600年~700年には中国では唐の時代となっており,また,関東では榛名山の大噴火があった。

又見古墳


被葬者は経津主神の子・天苗加命なのだろう。すると,神社拡張工事時には,そのような大事な墓所だということが忘れ去られてしまっていたというまことに奇妙な結論を承認せざるを得ないことになる。そのような論理構造が存在するということそれ自体が古代の真の歴史を解明するための重要な手掛かりの一つとなり得る。

いずれにしても,一般に考えられているよりもはるかに重要な古墳の一つなのではないかと思う。

なお,又見神社(又見古墳)の近くには古墳の残骸ではないかと思われるところが多数存在する。ただ,現況では,その多くが墓地などとして利用されている。


  香取市又見古墳
  http://sgkohun.world.coocan.jp/archive/index.php/katori_matami/

  又見神社(千葉県香取市香取)
  http://zinzyasanpai.web.fc2.com/12/katori/244.htm

この記事へのコメント

2014年09月25日 19:10
石室、荒れていますね勿体無い。
2014年09月25日 20:21
緑屋さん

たしかに粗末に扱われていると思います。

でも,千葉~茨城にはもっと粗末にされてしまっている古墳のほうが圧倒的に多いので(・・・というよりも圧倒的多数なので),これでもかなり立派なほうだと思います。

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