牛久市:井岡神社(いのおかじんじゃ)
茨城県牛久市井ノ岡にある稲荷塚古墳群を観て回った後,同じ地域にある井岡神社を参拝してきた。
大同3年(808年)出雲大社の分霊を奉斎して創建されたとされているから,本来であれば非常に格式の高い神社ということになる。また,この頃に『大同類聚方』が上奏されたとされている。極めて興味深い。
狭い村道のような道の脇に最初の鳥居がある。ここには「井岡神社」と書かれている。「井岡」の意味は不明だが,もし古代の日本国の本当の名が「イ国(伊国,稲国,瀛国,倭国などを想定)」だったとすると,「岡」は「土地」を意味するから,全体として「日本国」そのものを意味すると解釈することが可能だと思う。少なくとも「イ」と読める氏を称する古代氏族が住んだ土地だということは推定可能の範囲にあると思う。古墳群が「稲荷塚」と称されることとも無関係ではないと考える。
赤く彩色された鳥居の前に立つと,その奥に参道が続き,そして,社殿が見える。深い荘厳さを感じる。立派な神社だと思う。
鳥居
次の鳥居には「阿夫利神社」と書いてある。そこには龍のような神獣と波浪があしらわれているから,龍神(海神)と関係のある神社なのかもしれない。失われた古代史が少しずつ見えてくるような気分になる。「阿夫利」の意味は不明だが,一般には,「雨降り」を意味すると解されている。つまり,龍神と関係がある。稲作農耕にとって水は何よりも大事で,日照りが続くと一族が滅亡してしまいかねない。それゆえ,龗神などの神は龍神として雨乞いの対象とされてきたようだ。「阿夫利」と名のつく神社は丹沢にもあり,「大山阿夫利神社」という。「大山阿夫利神社」の主祭神は,大山祇神,大雷神,高龗神となっている。井岡神社の主祭神は大国主命。おそらく,同じ系統に属する古代氏族の神社なのではないかと思う。様々なことに思いをめぐらせながら更に奥に進む。
拝殿はシンプルなつくりで,神紋は「茶の実」のように見えるけれども「宝珠」かもしれない。よくわからない。ここで神社を参拝。それから周辺を拝見した。
参拝を済ませてから脇にまわってみると,本殿が見えた。とても立派なつくりだと思う。屋根には三つ巴の神紋があった。社殿には龍や波浪の図案が見えるから,元は龍神(海神)なのだろうと思う。
井岡神社には,主祭神である大国主命のほかに,日本武尊,経津主命,加具土命,誉田別命が配祀され,また,香取神社,愛宕神社,阿夫利神社を合併しているという。
いろいろと考えてみるのだが,井上神社とこの地域の古墳群とは全く無関係ではないように思う。大同のころのこの地の支配者(統治者)は,出雲の神と関係のある人々だったのではないだろうか。おそらく,大国主の国譲り伝説と深いつながりのある何らかの事跡が歴史上存在したのだろうと空想したくなる。
バナーはシステムによって自動的に割り当てられるので,記事内容と関係のない項目が示されることがあります。
クリックしていただけると,励みになります。







この記事へのコメント
本殿内に勝手に入り込んだら犯罪行為ですよ(笑)
外から拝見できる部分だけでもよく考えてみると本当に勉強になることが多いです。
現代まで続いている古代が結構たくさんあるものだと驚かされることが増えてきました。
ところで,地名を調べてみると,語源不明の地名が圧倒的に多いことに気づきました。
語源が明らかだとされている地名でも,よく調べてみると江戸時代の学者がそのように述べたということだけが根拠となっているものなどもあります。そのようなものでは,結局,その学者の想像または推論に過ぎないわけで,事実そのものではないです。
また,意図的に逆転させている例もあるのではないかと考えています。例えば,「甲斐」をひっくり返すと「伊賀」になるとか・・・まあ,そういった類です。
頭の体操としては非常に良いと思いながら,あれこれ考え続けております。
神社も神道も歌も地名や国名でさえ。
でもどこも本当の本殿は上しか見えないんですよね、、、、隠したいのか?公表できないのか?と思います(笑)
神聖なので入るのは憚られると思いますが。