自宅のラン:カヤランの蕾

この夏に山を散策していた際,路傍に何種類かの着生ランが落ちているのを見つけた。着生ランは,地上に落ちると死んでしまうので,幾つか拾ってきて育ててみることにした。樹木や岩などにはりついているものをはがして採取することは論外だが,拾ってきた場所では特に法令または条例による規制はないことを確認しているし,地上に落ちているものを拾ってくることについて特に問題はないだろうと思っている。

そのようにして拾ってきた着生ランの中には,やはり死んでしまったものもある。拾うタイミングが遅かったのだろうと思う。拾った段階で既に回復不可能な瀕死の状態にあったものと思われる。

しかし,拾ってきた着生ランの大部分はちゃんと生きていて,中には随分と成長したものもある。

それらの中で,ヘゴ板に苔と一緒にしてシュロ縄で縛り付け,霧吹きで栄養液と水を吹きかけて育てていたカヤラン(Thrixspermum japonicum)は,拾ってきた当時の2倍くらいに大きくなった。そして,現時点では,花柄を伸ばし,その先端に蕾をつけ始めた。このカヤランがいつ開花するのかは全く判らない。もしかするとこのまま開花までいくかもしれないし,冬を越してから開花するのかもしれない。

Thrixspermum japonicum


ところで,一般に,自生している着生ランの中は,個体数が増えると自然に樹木などからはがれ落ちるものがあるようだ。そのようにして自然にはがれ落ちた着生ランが,運よく他の樹木のどこかにひっかかれば,その場所で増えることがあるかもしれない。しかし,大半は地上に落ちて死んでしまうし,樹木のどこかにひっかかっても,条件が合わなければ腐って死んでしまう。どちらにしても,その数は半端なものではなく,星の数ほどの相当多数の着生ランが毎年地上に降り注いでいるのだろうと推定できる。

聞いたところによれば,古い神社や寺などで大きな古木があるところでは,その古木に何らかの着生ランがはりついていることが少なくないという。そこでもまた,数多くの着生ランが剥がれ落ち,毎日地上に降り積もることになる。しかし,早朝には神社や寺を管理している人(神官,僧侶,巫女,氏子,檀家の人など)が綺麗に掃除してしまうので,結局,単なる木の枝や枯葉としてみなされ,つまりゴミとして燃やされて終わりになってしまっているものが大半だろうと思う。私自身も,田舎の小さな神社の傍らのゴミ集積所で着生ランがはりついた木の枝を発見したことが何度かある。しかし,そのようにして巨樹の梢から落下する着生ランの分量は信じられないくらい大量だろうと思われる。それゆえ,相当のラン好きな人であっても,毎日何個でも拾うことができるとなると,あっという間に,ただの1個でも拾う気にはなれなくなってしまうだろう。人々の好奇心をかきたてるもの,それは「希少性」という意識だ。

このように考えてくると,極めて特殊なランを除き,一般に,着生ランはかなりありふれた存在なのではないかと思うようになってきた。ただ,その多くが古い巨樹の上のほうの枝や幹などにはりついているため,よじ登って採取することが困難または不可能だというだけのことではないかと思う。

先日,ある山野草店で,現在の環境行政の矛盾のようなことを耳にした。それは,人工林の伐採の際に杉などにはりついている野生ランの採取のことだ。以前は現在のような厳しい規制がなかったので,人工林の伐採作業に従事している人が伐採した杉などにはりつている野生ランをはがして市場に流していたそうだ。その分量は相当のものだったという。ところが,現在では,人工林であっても,野生ランを採取した年月日と正確な場所及び樹木の種類などを記録して監督官庁に報告しなければ採取することができなくなったのだそうだ。その結果,「いちいちそんな面倒なことはやっていられない」ということで,伐採作業に従事する人が何も採取しなくなり,その結果,市場に出回る天然の着生ランの分量が減ってしまったのだという。もちろん,その結果として,無謀な山獲りが横行するようになることは想像に難くない。要するに,何のために環境行政をしているのか本末転倒のような結果を招いていることになる。

頭が良く,しかも努力しなければ競争倍率の高い公務員試験に合格することができないことは十分に判っている。しかし,そのような困難な試験に合格したというだけでは「人間の本性」のようなものを知ることはできないし,正しい政策決定をすることができるようになるわけでもない。

だからと言って,「選挙で国民から選出された議員であれば公務員よりも常に優れている」などということは,もちろん絶対にない。単に,政治家(議員)の場合には,公務員とは異なり,その政策決定がまずければ,次の選挙で落選することがあるというだけのことだ。公務員の場合,個人的には責任をとらないのが原則なので,失敗しても失職することはかなり少ないというよりも皆無に近い。

つまり,公務員にしても議員にしても,「政策決定に関しては無知・無能であるかもしれない」という点では,一般国民と同じように,全く同等なのだ。政策決定のセンスと脳j力は天性と個人的な経験の組み合わせによって生成されるものなのであり,教育によっても選抜試験によっても選挙によっても,その才能をもった者を見つけ出すことは絶対にできない。

と言って,古代の哲学者が考えたような「哲人王」が出現する可能性は全くないし,仮に現代社会の中で出現したとしても単なる「独裁者」になってしまったり,とりまき連中によって堕落させられてしまうのが関の山だ。

結局のところ,国民は,そのときの政府による非常識・理不尽な政策決定を憂いながらも,それに耐えて生きていくしかないということになりそうだ。

とまあ,ペシミスティックにばかりなっていても仕方ないので,提言をしたいと思う。

それは,「絶滅危惧種の定義を再検討すべきだ」ということだ。

自分で栽培・育成をしないタイプの植物学者や事務仕事しかしない公務員には全く判らないことかもしれないが,絶滅危惧種として指定されている植物の多くは,植物それ自体としては非常に強健であり,容易に栽培可能だ。栽培に失敗している人は,十分に調べず,よく考えず,丁寧に観察せず,適切な栽培環境を設定せず,かつ,植物自身がもつ強い生命力を信じないで栽培しているからだろうと想像している。

私が現実に様々な野生植物(栽培品)の苗を購入してその栽培を試み,このブログにその関連の記事を掲載することの目的の一つは,そのことを証明することにもある。「ちゃんと栽培して大量に増殖させ,無料に近い値段または廉価でそれを流通させれば,単に生存している個体数が増大するというだけではなく,その植物の希少性が失われる結果,それが濫獲されることもなくなるだろう」と信じているということは,これまでも何度か書いてきた。

問題は,放置すれば「自生地が失われる」ということだけだ。けれども,これは,「開発」や「地域振興」などと大いにからんだ問題であり,環境問題というよりも地域経済問題に属する問題かもしれない。したがって,環境省だけで対応することは最初から無理なことであり,内閣府直属で解決にあたらなければならない問題なのだろうと思う。とは言っても,自生地の保護のために地域住民の財産権を規制したり収奪したりすることはできない。もちろん,自生地を買収・管理するだけの国家予算上の余裕など全然ない。それゆえ,結局は,「自生地を守りきることは不可能だ」という結論しか残っていないということを最初からちゃんと自覚すべきだろうと思う。

要するに,基本的に,いずれ自生地はほぼすべて消えてなくなってしまうことになるだろう。だから,自然公園等として公的に管理可能な場所を除いては,基本的には,栽培と増殖によって植物の遺伝子を保存するという方策しか残されていないのだ。そのことを明確に理解することが大事だろうと思う。

なお,「栽培と増殖」という点に関しては,留意すべき点もある。それは,栽培家の多くが,人工交配をやりたがるということだ。これでは遺伝子の純粋性を維持することができない。また,普通の市民の多くが,より大きくより美しい花を求める傾向にあるため,商業的にも交配が必要となってしまうのが普通だ。この問題は,人工交配を禁止し処罰することによっては解決できない。人々のメンタリティと美意識を変更させるような何らかの国家政策が必要となるだろうと思う。しかも,その効果が現れるまでには何十年もの年月を要することだろう。それでもやらなければならないと提言したい。

ちなみに,私個人としては,直径数ミリ~5ミリ程度のとても小さな花を咲かせる小型または超小型の野生ランや,一年の大半を地中でキノコのようにして生活しているムヨウランなどの仲間が好きだ。野生ランの仲間からさえ奇人変人扱いされることがあるので,一般の人に理解してもらうことは最初からあきらめている。でも,そのようなランでも立派にランなのであり,大輪で豪華なカトレア園芸品種に劣るところは微塵もない。

私が求めるのは,そのように素直に感じることができ,かつ,そのように確信できる感性をもった人間なのだ。表面的な「見ばえ」は二の次の問題だと思っている。

この記事へのコメント

2009年11月07日 11:32
「なるほどー」っと
いつも参考になります。
2009年11月08日 05:51
285さん コメントありがとうございます。

ときどきブログを拝見しています。^^
アネモネ
2009年11月11日 00:16
電脳中年A様

こんばんは!こちらでもコメントさせて頂きます。こちらの山でも台風の後に山に入ると倒木や折れた枝に着生ランをよく見かけます。特にカシノキランが多いですが時折イリオモテランなども見られます。私もこんな場合は枯れてしまうより持ち帰り育てた方が良いのかと思い地元の農林高校に持って行き無菌栽培で増やしてもらってます(もちろん私自身も育ててますが)。

 私は山に入りランの写真を撮る趣味もあり、同じ株を何年も観察しているものもありますが時々不届き物に持ち去られる時もあり以前は3年間観察していたチケイランが無くなっていたり、いつも草刈りに行くナリヤランの自生地ではシャベルで持ち去られた時もあって激怒したときもありました。お陰で石垣島のナリヤランはほぼ絶滅状態です。市役所や教育委員会に保護を訴えましたが全く相手にされなく悔しい思いもしました。石垣島での自生地は一ヵ所だけで半年前に探した時は5本しかなかったです。残念ですがもう絶滅するでしょう。

 石垣島だけでなく日本全国同じような話があるんでしょうね。
2009年11月11日 07:29
アネモネさん こんにちは。

現在では無菌フラスコ栽培でほとんど全部の種類の野生ランを育成することが可能となっているようなので,要するに栽培方法が確立されれば,山獲り品ではなく栽培品で安心して野生ランを栽培し楽しむことができるようになるはずなんですが,野生ランの中には菌類との強い共生関係をもっていて人工栽培が難しいものが少なくなく,なかなか大変のようです。

山獲りしてヤフオクに出している例をときどき見かけます。自分のやっていることがどういうことを意味しているのか考える能力のない人たちなんだろうとあきれ果てます。ただ,この不景気ですから,お金になると聞くと,そういうことをやるんでしょう。でも,本当は,そんなにお金になるものではないです。細胞培養が可能となっているので,かつてのような一攫千金の時代はもう絶対に来ません。

ナリヤランの自生地が壊滅状態だということは耳にしていました。残念なことです。ナリヤランは比較的栽培容易だと思っていますけど,単に鉢に植えておけばよいというわけではないので,山獲りしても,たいてい枯らしてしまっているんでしょうね。
アネモネ
2009年11月12日 05:12
以前、地元の商工会青年部が資金集めのためにイリオモテランを乱獲して全国へ売りさばいた恐ろしい話がありまして今でも伝説となってます。お陰で野生のイリオモテランも殆ど見ることが出来ません。それでも山奥にはひっそりと毎年花を咲かせている株も残っているので増えてくれることを祈ってます。幸い2年前にこの場所も国立公園に指定されたので少しは希望が持てそうです。
2009年11月12日 09:54
アネモネさん こんにちは。

イリオモテラン(ニュウメンラン)は,京都府立植物園の温室で立派に開花しているのを観たことがあります。

ときどきネットでも売っていますね。もしかすると,その青年部が売ったものかその子孫かもしれません。

ただし,イリオモテランは,熱帯または亜熱帯でない場所で栽培すると,開花サイズに大きくなるまで相当年月がかかるだろうと推定しています。また,大きくなるランなので,私の自宅では栽培スペースを絶対に確保できません。というわけで,手を出す気が起きません。(笑)

地方の商工会青年部が置かれている経済状況はよく理解でます。でも,野生のランが増えるのにはかなり時間がかかるので,山獲り(乱獲)ではなく,人工的に栽培し増殖させた苗を売って資金集めをするという方法を考えてほしかったですね。「急がば回れ」です。

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