初雪

昨晩から雪がちらつく空模様ではあったが,今朝起きてみると庭一面に雪が積もっていた。

Farfugium japonicum
ツワブキ


毎年,受験シーズンのころに初雪がある。

受験生の諸君にとっては辛い時期だろうと思う。まして,寒い朝に雪。

しかし,人生には楽しいことも辛いことも色んなことがあるから,ちょっとやそっとの厳しさと遭遇しただけでひるんでしまってはいけない。今が厳しくても,それを乗り越えていけば次には良いこともあるかもしれないと思って,頑張ってほしいと思う。

それに,所詮,受験は受験だ。大学受験に合格したとしても大学生になるというだけのことで,社会人になるわけではない。

社会人として生きてくということは,出題されていない問題文を自分で見つけ出し,正解のない答えを自分で出していくことだろうと思っている。つまり,常に不安にさいなまれる。

大学生の間に学ぶべき最も大事なこと。それは,そのような死ぬときまで続く潜在的な不安にとらわれることなく自分を信じて強く生きていける人間になれるよう,自分で自分自身を育てるということに尽きるのではないかと思っている。

大学の教職員が学生に対してしてやれることというのは,そのための補助やアドバイスくらいしかない。

仄聞するところによると,授業をサボってばかりいるような大学生が大事な単位を落としてしまうと,抗議のために大学に乗り込んできてくってかかる親があるそうだ。いわく,「できの悪い子供にしっかり教育して単位をとらせるのが教師の義務でしょ!」。馬鹿としか言いようがない。大学は予備校ではない。一人前の人間としての学生が自主的に勉強する場を与える専門教育のための組織なのだ。

そして,そのような親をもった子供が社会人になっても絶対に成功することはないと思う。きっと,就職した会社の社内で何かトラブルがあると,そのような親は会社に怒鳴り込んでいくことになるのだろうが,そんなことをすればどういう結果になるかを予測することもできないくらい愚かな人間だということを自分自身で世間に証明しているようなものだと思う。

そういう親をもった子供は不幸としか言いようがないが,そのような例は少なく,実際には大半の学生とその親はきちんとしているようだ。この点について,私は比較的楽観的な気持をもっている。

数年前ころからではないかと思うけれど,うわっついた考えをもつ学生が比較的少なくなってきたような気がする。みんな真面目だし,自分の人生や社会のことを結構しっかりと考えている。

大学教授としては,彼ら学生が思っていることに素直に耳を傾け,彼らが何を感じ,何を考え,何を求めているのかを冷静かつ寛容に受け止める姿勢が必要だろうと思う。そして,必要に応じて何かアドバイスをしてあげることができればラッキーだし,そのアドバイスによって彼ら自身が何をどのように学ぶ必要があるのかを自覚し,そのための方法論を自分で見つけ出しつくりだしていけるようになってくれるのであれば,大学教授としての義務をほぼ100パーセント履行したことになるのではないかと思う。

自分がどう生きるべきかを自覚している学生であれば,書籍からも教授からもどんどん専門知識などを吸い込むことができる。教科書その他の専門書でも教授の講義でも完全なものなどこの世に存在するはずがないのだが,自覚のある学生であれば,不足している部分や不満足な部分とその原因を自分自身で見つけ出し,自分自身で補っていくための良い方法論を見つけ出すこともできるだろう。

しかし,そのような自覚のない学生に対しては,たとえどんなに素晴らしい授業を提供してみてたとしも,それは徒労に等しい作業であり,全く意味のないことだ。何も自覚のない学生は,4年くらいの年数を大学のキャンパスで単にうろついているだけということになるのだろうと思う。

これから受験する高校生諸君が無事に大学に進学すること,そして,進学した大学で一人もいいから信頼できる友人や教授と出会えることを祈りたい。

この記事へのコメント

yocomo
2008年01月18日 12:54
今年もよろしくお願いします!!
きれいな雪ですね。
そして電脳中年Aさんの若者へのメッセージが
きっと届くと信じています。
私が今接している学生諸君は、向上心を持っている子が多いです。
優劣の差はありますけれど、
それぞれの場所から一所懸命の子が多いです。
ぜひ社会に貢献してほしいですね!!

このところ、こちらは冷凍庫の中にいるようです。
湯たんぽ使い始めました(快適!)
2008年01月18日 15:10
yocomoさん こんにちは。
在京同窓会から何度も案内をもらっているのですが,どうもスケジュールが合わなくて出席しないままです。何だかこんな調子でこれから先もずっといってしまいそうです。(笑)
さて,人間の能力というものは不思議なもので,その人の最も良い部分が何歳のときに花開くかは全く予測できないというのが現時点での結論です。中学や高校の時点での成績評価や出身大学の学歴などを全く無視して良いとまでは言いませんが,軽く参考にする程度にするのがベターであり,それだけを信じて判断(人間評価)をすると大間違いのもとになると思います。
でも,世の中の大半の人には本当は評価能力などほとんどないので,形式的なレッテルで評価して自己満足しているのでしょうね。
まあ,色んなことがありますが,私はこれからも私自身を信じて生きていこうと思います。人生の結果について他人に責任転嫁することはできませんからね。
本年もよろしく御願いします。

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