赤いスイートピー

このところ土日に仕事が入ることが多い。次の土日も同じ。そこで,今日は仕事をしないでお墓の掃除に出かけた。お花を買った際,店頭の花を観て回った。赤いスイートピーの鉢が置いてあった。その名は随分なつかしい響きをもっている。何を隠そう,この私もファンの一人だったのだが・・・(笑)

Lathyrus odoratus
Lathyrus odoratus


歌のはやり廃れは予想以上に著しい。

飲み屋のカラオケで演歌を歌いまくる者を現代の若者の中からみつけ出すことはかなり難しいのではないだろうかと想像するが,私の若いころにはざらにいた。その当時,ロックも人気があったけれど基本的には洋物ばかりで和製ロックは「極貧」の象徴のようなものだった。ポップスの世界では要するに歌謡曲がすべてだったわけだ。それらのほとんどすべてが現在では滅多に聴く機会のないものとなりつつある。それらの演歌や歌謡曲などは,過去の幻影を求めるオジサンたちがカラオケで思い出しながら歌うことがある程度だろう。あるいは,NHKの紅白歌合戦を含むナツメロ番組などの中に顔を出す程度かもしれない。現代の若い人が歌うことは滅多にないだろう。

歌だけではなく,世の中には必ず栄枯盛衰があるので,特に珍しいことではないし,嘆かわしいことでもないのだろう。淡々と世の流れのはかないことを観察し続けるしかない。

が,しかし・・・

クルマを運転していると,不意に昔聴いた歌謡曲のフレーズなどが脳裏をかすめることがある。フラッシュバックに近いものかもしれないし,単なる老化現象の一つに過ぎないのかもしれないし,ノスタルジアの一種かもしれない。

どの世代にもそれぞれの世代の青春時期の思い出の歌のようなものがある。他の世代には理解できない。私の世代だと,旧日本軍の軍歌を酔って大声で歌っている世代を目にすると「自分達とは違う文化だ・・・」と感ずるのが普通だった。

そのような世代の相違をこえて何百年たっても残る音楽こそ本当の音楽と言えるだろう。モーツアルトしかり,バッハしかり。

おそらく,百年後に生き残っている歌謡曲は1曲もないだろうと思う。

にもかかわらず,著作権や隣接権などの法的保護ばかり声高に叫んでいる人々の様子を見ていると,何やら空しい気持が漂ってしまうことを否定することができない。

「赤いスイートピー」を実際に聴いて楽しんだ世代の人々は,老いた後でも復刻版のCDやDVDなどを購入するかもしれない。それ以外の人々は,コピーをする必要がないし意欲もわかないだろう。このことは,どんな音楽作品についても当てはまることだ。

だから,一定期間を経過してしまった作品については,違法コピーを心配する必要も全くないだろうと言える。そのようなものについて違法コピー防止のための費用を支出することそれ自体が間違ったビジネスモデルであるとさえ言ってよいだろうと思うようになった。

要するに,著作物の保護に関する根本的な構想のどこかが間違っているのだ。


 スイートピー(Lathyrus odoratus)のはなし
 http://www.agri.pref.kanagawa.jp/NOSOKEN/sigen/back/2001topics/200101/main.htm


(追記)

学生aさんから下記のようなコメントを頂戴しました(2007/02/08 14:47)。ありがとうございます。

***(コメントはじめ)***

赤いスイートピー誕生の裏話を先日たまたま日経で読んで感銘を受けたので、ご存知かもしれませんが、一応コピペしますね。(日経のサイトでは見つからなかったので、ヤフーニュースのコピーのコピーですが)

◇苦節18年、鮮やかな色に--中川猛さん(54)
 [ここに記事内容らしき文章がはいっていましたが,電脳中年Aにより削除]

開発者の中川さんも、中年A先生と同じ年代なのでしょうね。こういう形で想い出の曲が形になるというのは、その世代の方にとっては非常に嬉しいことなのではないでしょうか(^^)
個人的には、スイートピーはなよやかなのに長持ちするので、よく衝動買いしてしまう花です。

***(コメントおわり)***

しかし,そのコメントの中で引用されていた記事は,オリジナルのものではなく,もとYahooニュースにあったものとして2ちゃんねるで転載されていたもののようです。つまり,出所が明らかでなく,記事内容の正確性もわかりません。

仮に正確であるとすると,今度は,著作権侵害の問題が発生します。

私は,引用されていた記事内容程度のものに創作性などあろうはずがなく,著作物として成立するはずもないと考えますが,新聞社はそのように考えていません。この点については賛否両論数多くの議論と裁判例があります。

というわけで,出所不明であり正確性が保証されないとすれば,それはそれなりに問題となりますし,また,それが正確なコピーであるとすれば(法的に正しい議論であるかどうかは別として)私が(違法な複製物をコメントとして許容したことが不作為による複製権侵害に該当するとして)損害賠償請求訴訟を提起される危険性があります。ところが,私はぜんぜん金持ちではないので,何十年もの長きにわたり訴訟を維持しながら新聞社等と闘い続けるだけの経済的余力がない。そのような状況はとても耐えられないことなので,申し訳ないけど,コメントを削除しました。ちなみに,学生aさんに対するアドバイスとして,いかなる場合においても基本的にコピペはやめましょう。私は,数あるブログの中でも歌謡曲の歌詩ブログなどは誰から見ても刑務所に片足を踏み入れていることが明らかなので,「あ~~,かわいそうに~~」と思いながら読んだりしています。ゲーム関係のブログや映画関係のブログでも同じような例をみかけることがあります。エッセイのブログの中にも「この人は法律関係の仕事をしているらしいけど,本当に大丈夫?」と首をかしげてしまうものを発見することがあります。私は,権利者団体などによる著作権主張が強すぎることについて大きな懸念を抱いていますが,著作権の基本的な部分が法によって守られるべき大事な利益の一つだという根幹の部分については正しいことだと信じているので,あからさまな著作権法違反サイトについては違法サイトとみなしています。ただし,そのような例はいずれも無知のなせるわざだと推測可能だし,無知な人は私の意見を真面目に受け止めるとは思えず,喧嘩になってしまうのが関の山だろうと思ってしまうので,いちいち批判したり忠告したりはしません。

ところで,学生aさんが引用された「赤いスイートピー」という品種開発に関する記事(苦労談など)の内容は,現実には,ほぼ事実に即したものであることを私は知っています。

植物としての「赤いスイートピー」がその歌が流行したころには実在しなかったものであったこと,そのことのゆえに,松田聖子さんの「赤いスイートピー」の歌詩が非常に優れたものであり得たと思います。現実世界で安価に手に入る園芸植物としての「赤いスイートピー」が流通してしまったことにより,それを育成した園芸家の夢は実現されたことになります。それはそれで素晴らしいことだと思います。でも,「赤いスイートピー」という曲の歌詩のもつ価値は決定的に失われてしまいました。

人間は,絶対に得られないと信じられているものを努力と工夫によって獲得することが大事であることもあります。他方では,絶対に得られないものを絶対に得られないものだと分かりつつも夢に描いて生きていくことが大事である場合もあります。

なかなか難しいことですね。^^;

学生aさんは,まだお若いだろうと推察します。

これからの人生で楽しいことも辛いこともきっとあるでしょう。

でも,どんなに厳しい状況の中にあっても,自分の理想を失わないでください。「理想」というものは,誰にも実現などできるものではないことが最初から分かりきっています。しかし,それでかまわない。そのようなものとして「理想」を持ち続けることが大事なんですよ。^^

この記事へのコメント

2007年02月09日 07:06
一気に読ませていただきました。卓見だと思います。私見はあえて省略しますが、実在しないものを求めて情熱を燃やすところに人類のとめどなき進歩があると思うし、欲しいと思うものをGETできる日がやがてくると確信することで明日への希望期待が出てくることにワクワクした思いを持っています。芸術とは創造であり創造でなければならない世界ですから、そこに大きな価値があるんですね。詩から権利関係にまで踏み込んで説きすすめる博学と情熱に尊敬の念をいだき、拝読させていただきました。
2007年02月09日 07:29
目黒のおじいちゃんさん こんにちは。
哲学にしても法学にしてもそれぞれの立場によって色んな見解があり得ることは当然のことなので,私の意見が正しいという保証はありません。文章力もないので雑文に過ぎないものしか書けませんけど,お読みいただき,ありがとうございます。^^
コメントをくださった方が学生さんのようなので,老婆心ながら素直に自分の気持と考えを書いてみました。
若い人たちはすばらしいですね。^^

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