ヘラオオバコ

画像住宅街の空き地などの野原や道路端など比較的陽の当たる場所ならあちこちでヘラオオバコの花を見つけることができる。背が高いし一風変わった花なので,ちょっと目立つ。

ヘラオオバコも帰化植物のようだ。幕末のころに欧州から渡来したのだという。

明治時代に入ると,いわゆる洋行帰りの人々が西洋の文物をどんどん日本に持ち込んだ。食物も西欧風にしたいと思った人たちがたくさんいて,全国各地に牧場が造られた。その多くは,軍馬の飼育場所としても使われたが,乳製品を製造するための牛を飼う牧場もあった。

おそらく,そうした馬や牛を飼う牧場から非常に多くの帰化植物が日本各地に広がっていったのではないかと想像する。つまり,そのような西欧風の牧場は,西欧の文化だけではなく自然の一部も日本に持ち込んできたことになるのだろう。

明治時代から昭和初期にかけては,ある意味で日本国全体がベンチャー企業みたいになっていて,それまで日本には存在しなかった産業もどんどんでき,小規模ながら多種多様の企業が設立され,そこそこの成功も収めた。

大恐慌と戦争によってそれらの多くは消えてしまったのだが,戦後まで生き残った企業もある。

だが,大量消費という幻想が人々の思考を支配してしまって以来,小規模なワイナリーや牧場などがどんどん大企業などに買収されたり,あるいは,買収されなくても有名ブランドを利用して商売をするようになった。

その結果としておきてきたのが,かつて某会社のワインで発覚した輸入ワインを国産ワインと偽って

販売したりとか,「灘の生一本」のはずが実はぜんぜん違う地域の清酒の合成品だったりとか,そのような類のインチキ商法の洪水だった。

そもそも日本の企業の中でTVで宣伝し日本中のスーパーマーケットの店頭に商品を並べることのできるくらいの生産量を確保できるところなどほとんどないか皆無だ。その原料となる作物の農地などを十分に確保できるはずがないので,誰が考えてもこのことは自明のことであるはずだ。

しかし,消費者の多くは,有名ブランドに騙される。愚かとしか言いようがない。一般庶民を愚民視する思想は古代ローマ時代から連綿として続いているのだが,そう思われても仕方のないような側面はあると言わざるを得ない。

冷静に考えてみるべきだ。あるはずのないことをあるとは思わないことだ。それが大事だ。

そして,小規模で無名であっても地元にある企業を大事にすべきだと思う。なにしろ,直接に生産の現場に行って確かめることもできるし,そこで働いているいる人が周囲に必ずいるはずなので,インチキ商法をやっているかどうかをすぐに確認できるはずなのだから。

世間では,RFIDタグなどを用いて原産地表示の正確性を確保しようという考え方がある。一見まともな理屈だ。しかし,ほとんどすべての場合,最初の生産者や製造者などの段階で偽のデータがRFIDタグなどの中に登録されてしまうのだろうから,そのような提案は空理空論・砂上楼閣としか思えない。




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