水戸市田谷町:小原内古墳群

過日,小場江用水路の一部を見学した後,七ツ洞公園の南端付近から東の方に向けて徒歩で移動し,山王上第一橋を渡って常磐自動車道の東側に至り,そのあたりに分布している小原内古墳群の残存古墳の一部を見学した。小原内は「おばらうち」と読むようだ。小原内古墳群所在地の更に東方には白石古墳群がある。 茨城県水戸市教育委員会編『水戸市埋蔵文化財分布調…
コメント:0

続きを読むread more

水戸市下国井町:小場江用水路(七ツ洞公園西駐車場周辺)

過日,七ツ洞公園西駐車場(茨城県水戸市下国井町)のすぐ西側を南北に流れる小場江用水路の一部を見学した。この場所には,小場江用水路の説明板があり,勉強になる。更に,下記の関東農政局のサイトには,より詳しい解説がある。その説明によると,江戸時代に構築された小場江用水路は,現代に至るまで使用され続けているが,その間,護岸のコンクリート化工事等…
コメント:0

続きを読むread more

水戸市文京:笠原神社と古墳(その2)

過日,笠原神社(茨城県水戸市文京)を参拝した。祭神は,日本武尊・弟橘姫命。 笠原神社の境内(本殿の北側)には,笠原神社古墳と呼ばれる古墳がある。茨城県水戸市教育委員会編『水戸市埋蔵文化財分布調査報告書』(平成11年3月)の54頁によると,笠原神社古墳は,直径10m・高さ1.5mの円墳であり,石室の石材が露出しており,墳頂に石祠が祀られ…
コメント:0

続きを読むread more

水戸市文京:笠原神社と古墳(その1)

過日,笠原神社(茨城県水戸市文京)を参拝した。祭神は,日本武尊・弟橘姫命。由緒書によると,元は別の場所に鎮座しており,弟橘姫命のみを祀っていたが,応永3年(1396年)に現在の地に遷座し,その後,徳川光圀によって日本武尊が合祀された神社とのこと。この地に生き,死んだ武将達の興亡を見てきた神社ということになるかもしれない。境内には非常に多…
コメント:0

続きを読むread more

深谷市東方:欠下台古墳

過日,全久院を参拝した後,同寺近くの道路から周辺の様子を眺めたところ,欠下台古墳(埼玉県深谷市東方)が見えたので,ズームでその写真を撮った。欠下台古墳は,直径約20m・高さ約2mの円墳とされている。この時には既に時間と体力の限界に達していたので,欠下台古墳の墳丘近くまで歩いて行かなかった。欠下台古墳の近くには森吉古墳という古墳もあるよう…
コメント:0

続きを読むread more

深谷市東方:全久院

過日,曹洞宗・東方山全久院(埼玉県深谷市東方)を参拝した。本尊は,釈迦如来。全久院は,江戸時代に松平丹後守康長によって創建された寺院とのこと。幡羅郡八十八ヶ所霊場第五十番,深谷七福神・寿老人の寺ともなっている。境内には善光寺式阿弥陀三尊像を刻んだ板石塔婆(全長128cm)というものがあり,深谷市の文化財に指定されている。南北朝時代の貴重…
コメント:0

続きを読むread more

深谷市原郷:火の見塚古墳

過日,火の見塚古墳(埼玉県深谷市原郷)を見学した。火の見塚古墳は,稲荷町北古墳(瑠璃光寺東古墳)の比較的近く(南東約150mの場所)にある。火の見塚古墳は,直径20mの円墳とされている。下記の埼玉古墳軍のサイトの写真によれば,2001年当時にはちゃんと高さのある古墳だったようだ。その写真では,墳丘の隣りにある建物の屋根よりも高さのある古…
コメント:0

続きを読むread more

深谷市稲荷町北:稲荷町北古墳

過日,稲荷町北古墳(埼玉県深谷市稲荷町北)を見学した。稲荷町北古墳は,瑠璃光寺東古墳とも呼ばれ,直径約50mの円墳とされている。ただし,前方後円墳とする見解もあるようだ。また,現存する墳丘の直径は,せいぜい10~15mくらいにしか見えないので,本当に直径50mの古墳だとすれば,墳丘の大部分が既に削平されてしまっているということになる。塩…
コメント:0

続きを読むread more

深谷市稲荷町北:瑠璃光寺

過日,天台宗・深谷山光明院瑠璃光寺(埼玉県深谷市稲荷町北)を参拝した。本尊は,釈迦如来。平安時代初期に建立された古い寺院とのことで,武蔵国十三仏霊場第十二番(大日如来),深谷七草・七福神第一番(大黒天)の寺院ともなっている。境内の薬師堂は,「寅薬師」と呼ばれ,寅薬師瑠璃光如来・日光月光菩薩・十二神将を安置している。直観的には,現在の深谷…
コメント:0

続きを読むread more

深谷市本住町:富士浅間神社

過日,富士浅間神社(埼玉県深谷市本住町)を参拝した。祭神は,木花開耶姫命・瓊瓊杵尊。鳥居手前に立てられている由緒書によれば,永享12年(1440年)に勧請され,深谷城内に鎮守として鎮座していた神社であり,明治以前には「智形神社」と呼ばれていたらしい。社殿はとても立派なもので,稲荷神社等の境内社がある。社殿基壇部は古墳の名残りのように見え…
コメント:0

続きを読むread more

深谷市岡:蛇喰古墳

過日,蛇喰古墳(埼玉県深谷市岡)を見学した。蛇喰古墳は,直径25m・高さ2mの円墳とされている。かつて,墳丘上から埴輪が発見されたらしい。現在は,墳丘の一部が墓地として二次利用されており,墳頂付近に石祠が祀られている。墳丘所在地の南側~西側は畑となっており,通行できそうになかったので,公道から見える範囲内で見学した。 蛇喰古墳は,白山…
コメント:0

続きを読むread more

深谷市普済寺:愛宕神社と古墳

過日,愛宕神社(埼玉県深谷市普済寺)を参拝した。愛宕神社正面の石段脇に境内社(皇大神宮)がある。 愛宕神社入口付近に説明板が立てられている。かなり古くなっているために文字がかすれて判読困難だったのだが,要するに,創建の年代は不明だけれども岡部氏と関係する神社であり,江戸時代には旧暦7月14日に肉食・魚食を禁止する神事が行われるようにな…
コメント:0

続きを読むread more

深谷市岡:浅間神社と古墳

過日,浅間神社(埼玉県深谷市岡)を参拝し,神社の基壇部になっている古墳を見学した。この古墳は,直径約35m・高さ約4mの円墳とされており,四十塚古墳群を構成する古墳の1つとされており,浅間山古墳(四十坂浅間山古墳または浅間塚)と呼ばれている.四十塚古墳群の所在地の範囲に関しては,深谷市教育委員会編『埼玉県深谷市埋蔵文化財発掘調査報告書9…
コメント:0

続きを読むread more

栃木県芳賀郡益子町益子:益子古城(御城山遺跡)

過日,益子古城(御城山遺跡・栃木県芳賀郡益子町益子)を見学した。益子古城は,戦国時代に益子氏が居城とした場所とのこと。北郭付近に設置されている大きな門のような建物(東門)を通って山の上に登ると城跡付近に至ることができる。この東門は,遺跡の復元物ではなく,モニュメント的な現代の建物ではないかと思われる。本郭付近は史跡公園として整備されてお…
コメント:0

続きを読むread more

栃木県芳賀郡益子町前沢:長谷寺

過日,時宗・慈顔山観音院長谷寺(栃木県芳賀郡益子町前沢)を参拝した。本尊は,阿弥陀如来。長谷寺ぼ境内には羽石家五輪塔がある。この五輪塔は,本尊の木造阿弥陀如来像と共に益子町指定の文化財となっている。長谷寺は,かつてこの地を300年間にわたり支配した羽石家(田野城主)の菩提寺だったのだろう。 長谷寺入口付近 山門 本堂 …
コメント:0

続きを読むread more